願わくば、叶うことなく永遠に。

□人生万事最奥が虎
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僕の名前は中島敦。

ーー故あって餓死寸前です。
孤児院を追い出され、食べるもの寝るところもなく、かといって盗みを働く勇気もなくこんな所まで来てしまった。

途方もなく、敦は空に目を向ける。夕焼の空がとても綺麗だった。
夕靄は橙色と黄色と赤と白と、それから桃色をパレットにぐちゃぐちゃに混ぜたような柔らかい色。夕日の光が靄の中に溶けて、にじんで、そのために靄がこんなに柔らかい色に見えるのだろう。

そんな夕焼を眺めながらぼんやりと敦は考える。
生きたければ盗むか奪うかしかない。けれど。



思い出すのは孤児院の面々。

《お前など孤児院にも要らぬ! 》

《何処ぞで野垂れ死んでしまえ!》

途端に気分が悪くなり、腹の中で渦巻く黒い感情。


ーうるさい、僕は死なないぞ…。


その感情は敦に覚悟を決めさせた。

生きるためだ。次に通りかかった者を襲い、財布を奪う。
何も命を狙う訳では無い。なぁに、ただ持ち金を奪うだけの事。生きる為の手段なのだから。
僕にだって、できる。やるぞ。

敦の目には確かな覚悟の炎。
神経を研ぎ澄ます。


「(……気配!)」


勢いよく顔を上げた。

そこには川から覗く不格好な二本の足。
思わず、肩の力を抜いて呆然とその足を見つめる。ゆっくりと足は川の中へ流れて行き、トプンと音を立てて沈む。


いや、これはノーカンで…!


生きるために盗みの覚悟を決めるも、最初の1回が悪過ぎた。
あまりに不審過ぎて、盗みを働く気も起きない。もっと云えばバチが当たる気がして怖い。
そう思い再び神経を研ぎ澄ますも、あの二本の足が気になり過ぎる。


「(ノーカンにさせてください……。)」


川下を見れば鳥につつかれ、水しぶきを上げるその足。
数秒、呆けてその様を見る。哀れというか、何というか。形容しきれない感情に敦は呆然とする。
犯罪に手を染める覚悟をしたというのに、すっかり毒を抜かれてしまった。


「……えぇい!」


敦は、どうにでも為れ!と川へと飛び込んだ。
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