それはきっと(b)
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ジムバッジを貰った翌日。
あたしはデボンコーポレーションに向かいながら考えていた。
なにをかというと、立ち寄ってと言われても、ダイゴさんがいるわけではないのでは?…ということをだ。
ダイゴさんは“ちょっとした知り合い”と言っていた訳で、決してダイゴさんではない。
それにあたしは、まずその知り合いの人の名前も知らないのだ。
一体なんと聞けばいいのか。
…ダイゴさんのお知り合いの方に会いに来ました?
……。
絶対受付の人困るパターンだろう。
「……どうしようかなぁ……」
そんなことを呟きながらゆっくりと、とてつもなくゆっくりとデボンコーポレーションへ向かって歩く。
そして会社の敷地に入ろうとしたとき、前方から凄い勢いで走ってくる1人の男がいた。
「どけー!どけどけー!!」
見覚えのある赤い服の男が、あたしだけでなくたくさんの街の人に道を開けさせながら走っていく。
遅れてそこに現れたのは、これまた見覚えのある白衣。
「待ってぇー!その荷物を返してぇぇぇー!!」
赤い男…間違いなくマグマ団であろうその男を追うのは、トウカの森であたしに助けを求めてきた研究員さんで間違いはないだろう。
……予定は変更だ。
とりあえずあの二人を追おう。
あたしは二人を追うために走り出す。
マグマ団はともかく、研究員さんにはきっと追いつけるだろうから。
×××
予想通り追いついた研究員さんに話を聞き、デボンの荷物を取り返してほしいと頼まれたあたしは、今現在105番道路を駆け抜けていた。
野生のポケモンたちが何事かとあたしを見るが、心の中でごめんと謝る。
少し走れば、前方に工事を中断したらしいトンネルが見えてきた。
…たしか、街の人たちが、ポケモンたちのことを考えて中止したとか言っていた気がする。
そんなトンネルの前で、1人のおじいさんがうろたえていた。
「ああっ、なんということじゃ…!!」
「…っ、はぁ、おじいさんどうしたんですか…?」
呼吸を落ち着けながら尋ねると、おじいさんはトンネルを見つめながら答えてくれた。
「ピーコちゃんと散歩をしていたらいきなりおかしなやつがやって来て、わしのかわいいピーコちゃんが奪われてしまったのじゃ!
うおー!ピーコちゃーん!」
ピーコちゃん、というのはおそらくこの人がポケモンにつけたニックネームなのだろう。
あたしがレグルスやアルナイルと、彼らに名前を付けたように。
「おじいさん、あたし行きますね!」
そう言ってあたしはカナシダトンネルの中に足を踏み入れた。
ニックネームをつけて可愛がっていたポケモン。
あたしがもし、レグルスたちを奪われたら?
そんなのきっと、耐えられない。
トンネルを少し行ったところに、マグマ団はいた。
男の少し後ろにいるキャモメ。あの子がきっとピーコちゃんだろう。
「くるのか?くるならこいよ…!」
そう言いながら男は後ろへ下がる。
あたしはそれ以上に男に近付く。
「えーい、くっそー!
奪ったポケモンは何の役にもたたないし、いい所へ逃げ込めたと思ったのにこのトンネル行き止まりじゃねーか!
やい!おまえ!おれと勝負するんだな!?」
「…当然、そのつもりで来たからね…!」
先頭になっていたレグルスを出せば、デボン行くんじゃなかったのかと彼は言う。
そんな彼に緊急事態につき予定変更とだけ答え、あたしは男を見据えた。
×××
「む、むぐぐー!
おれの悪事も行き止まりか!」
下っ端感満載のくせになかなかうまいこと言うなこの人。
そんなことを思いながらも、あたしは男から視線は外さない。
「おかしいなぁ……。リーダーの話ではなにかの荷物をデボンから盗んでくるっていう楽な仕事だったはずなのに……。
ちぇっ!こんなもん返してやらぁ!」
あたしに荷物を押しつけるように返したマグマ団の男は、ピーコちゃんを残して走り去った。
マグマ団と入れ替わるようにして、トンネルの前で会ったおじいさんがやってくる。
おじいさんの名前はハギといい、まさかのあたしが訪ねようと思っていた人物であったことは驚きだった。
しかしまぁ、ピーコちゃんを返せばとても喜んでくれたし、何かあったら協力してくれるそうなので、ムロまで行くことは出来そうだ。
「……さて、それじゃあまぁ、研究員さんのとこに戻りますかね」
×××
「あぁ!どうでしたデボンの荷物は!?」
「無事取り返せましたよ」
そう言えば、彼は本当に嬉しそうに喜ぶ。
うん、あれだけ走ったかいがあったというものだ。
「そうですか!取り返してくれたのですか!
きみはほんとうにすごいトレーナーですね!」
うーん…、あたしがすごいというよりは、レグルスたちのおかげなんだけどな。
そんなことを思っている間に、あたしはあれよあれよとデボンコーポレーションの中に招き入れられた。
「ここがデボンコーポレーション3階、社長のお部屋なのよね!
いやー!きみには感謝感激雨あられなのです。
……さて、ちょっと待っていてくださいね」
ほう。社長のお部屋か。
研究員さんの背中を見送りながらどこか他人ごとのように思ってからはっとする。
社長の部屋!?何故に!
待て待て待て、確かにあたしはポケナビを用意してくれたであろうダイゴさんの知り合いにお礼を言いたいとは思っていた。…が。
……社長に会う予定など、これっぽっちもないのだ。
そんなことを考えていれば、研究員さんが戻ってくる。
「社長がぜひお話したいそうです。
私に着いてきてください」
なんでー!?
……と心の中で叫びつつ顔は平静を保ち、あたしは研究員さんに続く。
一体会社の社長様と何を話せと言うのだ。
そんなあたしの心境など露ほども知らない研究員さんは、あたしを社長の前に送り出す。
「わしがデボンコーポレーション社長のツワブキだ!
きみのことはさっき聞いたよ!
なんでもうちの研究員を2度も助けてくれたとか。
…で、そんなすごいきみに頼みごとをしたいのだ!」
思ったよりも気さくで話しやすそうな社長さんに、いつの間にか強ばっていた肩の力がふっと抜ける。
何でしょう?と聞き返せば、ツワブキ社長は自信ありげに笑った。
その顔が、あたしの知っている誰かと一瞬ダブったように見えたが、誰だろうと考える暇もなく、社長さんは続けた。
「もちろんわしはすごーい社長であるからな!
ただでお願いするというようなケチな真似はしないのだ!」
いや別に旅のついでに出来ることならタダでいいですけど、と思っているうちに、ツワブキ社長はあたしのポケナビをアップデートしてくれたらしい。
あたしのポケナビを見て何か驚いていたようだが、特にそれについて彼が何を言うわけでも無かったので、あたしも聞かなかった。
「それで肝心のお願いごとなのだがね。
ムロタウンにいるダイゴという男に、この手紙を渡して欲しいんだ」
「え、ダイゴさんに…?」
やはりダイゴとは知り合いだったようだね!と笑う社長に唖然とする。
……だってそれはつまり、ダイゴさんの言っていた“ちょっとした知り合い”はこの社長さんだと言うことだ。
全然“ちょっとした”じゃないでしょうダイゴさん!!
驚くあたしにニコニコと笑うツワブキ社長。
お願いを聞いてくれるか、と再び聞いてきた社長の声にはっとする。
「あたし、もともとこれからムロタウンに行くつもりだったので喜んで行かせてもらいたいと思います。
……それに、ツワブキ社長がダイゴさんの知り合いってことは、このポケナビはツワブキ社長が用意してくれたと言うことでしょう?
お礼もかねて、ぜひ行かせていただきます」
そう言えば、社長はニコニコ笑顔のまま頷いて、あたしも先程会い、訪ねようと思っていたハギ老人にお願いしておいてくれるそうだ。
もろもろよろしく頼むよ!と言うツワブキ社長にはいと返事を返す。
ダイゴさんが、あたしがこれから行く所にいるっていうのはびっくりだけど。
…でもまぁ、今まではいつもダイゴさんがあたしに会いに来てくれていたし、お使いと言えどあたしがダイゴさんに会いに行くのもいいかな、なんて。
そんなことを思いながらデボンコーポレーションを出れば日はすでに傾きかけていて。
あたしはカナズミにもう一泊する事に決めるのだった。
(……そういえば、
取り返した荷物はあたしが持っていていいのだろうか)