それはきっと(b)
□00.3
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「えーと、とりあえず、名前以外何も覚えてなくて何も持ってないってことだね?」
自分が覚えている限りの情報をダイゴさんと博士に話すと、少々戸惑いをみせながらもダイゴさんはあたしにそう尋ねる。
そんな彼に頷けば、今度は博士が口を開いた。
「それでとりあえず動けば何か思い出すかもしれないと思って森を歩いていたら、赤い服の男女に襲われているキモリを見つけて、とっさに助けた……と」
「はい」
「それじゃあ、キモリが赤い服の男女に襲われた経緯は分からないんだね?」
「はい……。
あたしがキモリを見つけたとき、もうすでに彼はあの人たちのポチエナ2体から攻撃を受けてたので……。
その辺の経緯はキモリ本人に直接聞くのが早いと思いますけど……」
そう言ってから、あたしは隣に座るキモリを見る。
『散歩してたらあいつら見つけて、なんか怪しいと思って見てたら突然攻撃されたんだ』
「…だそうです」
キモリの言葉に続いてそう言って博士とダイゴさんを見れば、二人は驚いたような顔であたしを見ている。
…何か変なことを言っただろうか。
そんなことを思いながら首を傾げると、暫くなにかを考えるようにしたあと、ダイゴさんがゆっくりと口を開いた。
「…なまえちゃん」
「は、はい」
真っ直ぐで、真剣な瞳に見つめられて、思わず背筋が伸びる。
「もしかしてキミ、ポケモンの言葉が分かる?」
「…………え?
………ダイゴさん、もしかして分からないんですか?」
あたしの言葉に目を見開くダイゴさんとオダマキ博士。
待って待って。
そんな反応されても困るんだけど。
「………」
「………」
なんだか静かになってしまったその場で、あたしはどうすることもできず固まる。
とりあえずとなりのキモリのことも窺ってみるが、彼も同じ様にあたしを驚いた顔で見つめていた。
戸惑っているあたしに気付いた博士が、あたしに向かって口を開く。
「あーっと、そうか。
なまえちゃんは記憶が無いんだったね。
…ボクやダイゴくんを含め、普通に生活している一般人は、普通、ポケモンの言葉は分からないんだ」
「………え?」
…でもあたし、キモリが何言ってるか分かりますよ…?
そう控えめに主張してみると、博士はうんと頷く。
「別にキミの言葉を疑っているわけじゃないんだ。
ちなみに、参考までにさっきキモリが言ってたことを教えてくれるかい?」
「さっき……?…あぁ、はい。
散歩をしていたら赤い服の二人を見つけて、怪しいと思って見てたら突然攻撃された、って言ってました。
…そうだよね?キモリ」
キモリに向かって確認すると、彼はすごい勢いで肯く。
その姿に苦笑すると、ダイゴさんが小さく、意味ありげになるほどと呟いた。
「…もしかすると、なまえちゃんに記憶がないことや何も持っていないこと、ポケモンの言葉が分かることと、キモリが赤い服の男女に襲われたことは、何か関係があるかもしれないな」
「確かに、その可能性は十分考えられるね」
また再び何かを考え始めた二人の正面で、あたしとキモリは顔を見合わせる。
それから顔を再び正面に戻した。
……もし、もしダイゴさんの言うとおりあたしの記憶がないことと、キモリを襲っていたあの二人が関係しているとしたら。
あのとき、あたしを知っていますかとでも聞いたら何か分かったのだろうか。
まぁ実際そんな状況じゃなかったし、関係無い可能性もあるし。
…だから、もし、のことを考えるのはやめよう。
そう思いかるく頭を横に振ったとき、博士が口を開く。
「…とりあえずなまえちゃん。
キミの怪我と、記憶の様子を見ながら暫くはうちで過ごすのはどうかな?」
「……え、でもそれは…」
「遠慮することはないよ。困ったときはお互い様だ。
それに見たところキミは十代後半ってところだろう?」
大人として、一文無しの子を黙って送り出すわけにはいかないよ。ましてや記憶も無いそうだし。
「……」
「ボクも博士の意見に賛成だよ。
もし、お世話になることを申し訳なく感じるなら、研究所のポケモンたちやここミシロタウンの周囲に住むポケモンたちの言葉を通訳したらどうかな」
「それはボクもとても助かるね!」
にこりと人の良さそうな、しかし本当に嬉しそうな顔の博士は、あたしの隣のキモリに視線を移す。
「キモリも、キミと一緒にいたいみたいだし」
その言葉にあたしもキモリを見れば、キモリはあたしを見上げて、どこか不満げに口を開く
『助けられっぱなしでいるなんてごめんだからな!』
その言葉に一瞬虚を突かれたが、思わず吹き出す。
なんてかわいいこと言ってくれるんだろう、この子は。
「ありがと!」
そういって思いっきり頭を撫でてから、あたしは博士に向かい直る。
「ご厚意ありがとうございます。
できることなら何でもお手伝いしますので、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げれば、博士は満足そうに頷いた。
それを黙って、穏やかに見ていたダイゴさんが、ふと思い至ったようにそうだと声を上げる。
「なまえちゃん」
「はい?」
「キミがポケモンたちの言葉が分かることは、ボクたち3人だけの秘密にしよう」
その言葉に何故かと首を傾げれば彼は続ける。
「ポケモンの言葉が分かることを、悪事に使おうとする連中がいてもおかしくないからね」
「あぁ……、そういうことも考えられるんですね」
納得したあたしに頷いたダイゴさんは立ち上がる。
「それでは博士、今日のところはこれで失礼します。
彼女のことと、赤い服の男女のことはボクの方でも調べてみますが、もし何か分かったり、なまえちゃんが何か思い出したら連絡を下さい」
「うん。分かったよ」
「それじゃあボクはこれで。
なまえちゃん。怪我もしてることだし、無茶だけはしないようにね?」
分かってますと返せば、ホントかな?なんてダイゴさんが茶化すような口振りで笑う。
「…まあ、キモリがいれば大丈夫か。
なまえちゃんが無茶しないように、よろしく頼むよ」
『任せろ』
力強く返事をしたキモリに、笑いながら任せたよと言って頭をひと撫でして研究所を出て行ったダイゴさん。
…本当にポケモンの言葉が分からないのだろうか。
今のやりとりなんて、まるで分かっているかのようだったのに。
「それじゃあ、ボクの家に行こうか」
「はい!」
にこやかに笑ってそういう博士に、あたしも笑って返事を返した。
(ボクにはトレーナーになりたてのユウキという息子がいてね。仲良くしてくれると嬉しいよ)