少年たちの詩

□プロローグ
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だんだんと景色は変わっていき、今ではもう視界に映るものは田畑ばかりだ。
電線の数だって、自分たちが住んでいた所に比べれば圧倒的に少ない。
まだ日本にこんな場所があったのかと思わせるような様子だった。

「もうすぐ着くからな」

運転席に座っている、この車の中で唯一大人である人が言った。

「にーちゃん」

まだ幼い弟は楽しそうに外を眺めている。

「船(せん)、部屋は散らかすなよ」

「うん」

散らかすと片づけが面倒だから。
どうせすぐに東京に戻るんだ。
こんな場所を楽しむ必要なんてない。

「航(こう)は知らない間にしっかり者になったなぁ…」

運転席のおっさんはしみじみと言って、俺はただ苛立った。
そもそもこんな場所に来なければならなくなった原因はこいつだ。


運転席のおっさんは事実上俺、秦野航の父秦野邦政である。
母に比べて父は最低な人間だった。
朝は誰も起きないような時間に消えていき、夜はとっくに日付が変わった頃に帰ってくる。
ひどいときには一週間くらい帰らない事もあった。
休日もその繰り返しで、母は子育ても家事もやりながら働いていた。
父と遊んだ記憶、名前を呼ばれた記憶はない。

『おとうさんってなに?』

船がもっと幼い頃にそう母に聞いていたのを覚えている。
母は困ったようにしながらも必死になって説明していた。

『家族のために頑張ってるのよ』

その父の収入の低さを知ったときには、なんとも言えない感情がこみ上げてきた。
母は嘘をついたわけではない、船を納得させたかっただけ。
それでも、負担にしかならないような父を少なからず憎んだのは確かだった。
母が音を上げたのは、今から一週間前のことだった。

『ただいま』

いつも通りに重い玄関のドアを開けると、昼間なのに、いつもは仕事でいないはずの母がいた。
疲れきった顔をして、寝ている船を見ていた。

『どうしたの?』
船を起こさないようにひっそりと母に近づく。

『もう…無理よ…』

その一言ですべてを察した。
『しばらく一人にさせて…』
大粒の涙を流して言う母に俺は何も言えなかった。
こうなってもおかしくないことは前々からわかっていた。
忙しい母は、一生懸命自分たちを愛してくれた。
だから、頑張れとは言えなかった。
俺にはこれで十分だった。

『…うん』

しばらく時が経てば、母は俺達を受け入れてくれる。
こんな父のいない世界で三人でやり直せる時がくる。
それまでは父のもとで母を待とうと、そう決めたのだ。


「着いたぞ」

父の声で俺は現在に戻される。
外には離れたところに民家がいくつかあったが、どこも古そうだ。

「ここが父さんの育った場所だ」

車が停まると船は元気よく飛び出した。
それを見てからゆっくりと俺も外に出る。

「空気が美味しいだろ?」

そう聞いてくる父を無視して俺は船の側へ行く。

「船、遊ぶのは後でにしろよ」

今すぐ飛び出して行きそうな船を抱き上げて家の中まで連れて行く。

「えー、つまんないの」

会ったこともない祖父と祖母が住んでた家だ。
祖父が死んだのは俺が生まれる前だが、祖母が死んだのは3年前だ。
死にそうという連絡がきてるのにもかかわらず、父は一度も会いに行かなかった。
忙しいなんて言い訳だ。
家族なんてどうでもいいんだ。
それがなおさら許せなかった。

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