深淵の瞳
□序章
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夜、眠るのが怖かった。
ベッドの中で目を瞑り、いつの間にか目の前に広がる暗闇は真っ赤に塗りつぶされてしまうのだ。
それが夢だと頭の片隅でしっかりと理解しているのに。その夢とは思えないリアルな情景が心から余裕を奪っていく。
僕の心が闇に沈む。
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呆然と立ち尽くす僕の目の前でその光景は確かに存在した。
轟々と揺らめく炎と、崩れ落ちていく家。乾いた叫び声は金属を引っ掻いたような不快な音として容赦無く耳を犯す。
何故こんなこんなことになっているのか。
何時こんなことになったのか。
父はどこなのか。
母は無事なのか。
どうして自分が駆け付けたのがこんなにも遅かったのか。
頭の中を駆け巡る思考は、明確な答えを得る前に次から次へと現れては消えていく。
村の中を翻る大量の黄金の旗から逃れるように、足は自然と森のほうへと動いていた。
きっと大丈夫。父も、村のみんなも強い。負けるはずはない。そう自分に言い聞かせて、震えて縺れそうになる足を叱咤し必死に前へ前へと進む。
森の中には弟がいる。あの子はまだこの惨状を知らない。いつも幼馴染と弟と遊ぶときによく行く森の泉にいるはずだ。早くあそこに行って、弟だけはなんとしても助けてやらなければならない。
突如、背後から風を切る音が聞こえた。
瞬時に頭で考えるよりも先に身体が動く。
その場を転がるように横に避け、大きな木の幹に自身の身を隠し、息を殺した。
先ほど自分が立っていた場所に深々と突き刺さるのは、赤い羽根をつけた矢だ。明らかに殺意をもって放たれたそれは、村を焼き尽くした連中のものだ。
このままここに隠れていても見つかるのは時間の問題だろう。
ーーー殺らなければ殺られる。
そんな陳腐な言葉が脳裏をよぎった。
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