05/24の日記

02:13
長編連載
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「旦那ぁああああ! 往生せいやああああああ!」



どかばきぐぎょ


「ぅぐ、ぉが…」
「…なんでこの人は学習しないんだ…。あ、クラウスさんおはようございます」


かなりきつめの癖毛を揺らしながら事務所の扉を開けた人物は、自分の横を掠め部屋の奥にいるであろう大柄な人物に襲いかかった先輩構成員に呆れ、襲い掛かられた人物に軽く挨拶をかける。
瞬間的なやり取りだが、その勝敗はいつもながら決まっている。
綺麗に伸された先輩構成員、ライブラの天才、ザップ・レンフロは白目を剥いて泡を食っている。
癖毛の少年、レオナルド・ウォッチはその手に持った紙袋と何枚かの紙をまとめたファイルを、挨拶した人物、クラウス・V・ラインヘルツに見せる。


「おお、レオ。終わったのかね」


赤毛に、奇抜なもみ上げを蓄えた大柄な青年である。若草色の美しい瞳を長めの前髪にすこし隠し、細いスクエアグラスをかけている。
口元からはみ出た犬歯が牙のようにも見え、なかなか強面な顔立ちだ。
見た目が怖いせいで勘違いされやすいがとても紳士的な人物、それがクラウスだ。

クラウスはザップを伸した状態から下ろしながら、片手に持っている資料に落としていた目線を上げ、レオナルドに向けた。

「あ、はい。それと、これ、スティーブンさんに頼まれてた朝食なんすけど、…まだ執務室ですか?」

掲げていた紙袋はサブウェイとプリントされたファストフード店のもの。
その店の商品を所望していた上司の名をレオナルドが告げれば、クラウスは、ああ。と頷いた。
その言葉を確認すれば、ういっすとこちらも頷き、資料ともども小脇に抱えて執務室へ続く扉へと向った。



「ザップ、大丈夫かね」

「…ぬ…ガハッ! 畜生…」


今しがた負かされた相手の手を借り、彼は立ち上がる。
その口からは恨み言がぼろぼろと零れているが、当の本人は意に介していないようである。
いつもどおりのやりとりだ。


「ん、旦那ぁ、その紙なんだよ?」


そういえば、と思い直したのかクラウスの目線がいっていた紙切れに興味が出たザップは彼にその正体を尋ねた。
そうすれば、クラウスはとてもいい笑顔を浮かべた、良くぞ聞いてくれた、と言いたげだ。
ぴらりと裏返せばそこには割りとファンシーなレイアウトのパーティ告知がプリントされている。

「クリスマスパーティ…? …まーた旦那そんな企画考えて…」
「今回はハマーが特別措置で仮釈放されるのだ。この機会を逃すわけにはいかないだろう…!」
「ほー、珍しいなー。あそこの獄長も粋なことをしてくれるんだなぁ」

確かにそりゃやんないと勿体ねえや。と笑えば満足そうに彼も頷く。とてもうれしいのだろう。

「…で、幹事は誰が」
「まだ決めていないのだ」


えー、12月までもう日がないんじゃね?とザップは苦言を呈する。
そうすれば、そこから別の声が参加してきた。


「じゃあ、お前、やるか? 幹事」

「げ、スターフェイズさん…」


右頬に傷、髪はすこし癖毛、目元が甘い顔。背が高く、細い線なのだがソレを引き締めるような紺のスーツに身を包んだ男。
片手には先ほどレオナルドが持っていた紙袋と、青8に対して黒2の色比率のマグカップをもって現れたのはライブラの番頭役、指揮官役も引き受けるスティーブン・A・スターフェイズだ。
後ろからは若干見え隠れしているレオナルドの姿もある。

スティーブンの言葉に表情が引きつるザップに、若干意味深な笑みを浮かべるのは少なからず苛立ちがあるのだろう。
そんな彼は、事務処理で徹夜続き、現在4日目に突入している。そのためか少しばかり機嫌がよろしくない。そこも相まって苛立ちにもぴりぴりとした空気をまとわせている。
それを知っているからこそ、しまった、という顔でザップは後ずさったのだ。


「で、やるのか? なぁ? ザァップ…?」
「やっ…、遠慮しとくっす…。…っ」


三歩下がったあたりで、ふ、とザップは何かの気配を感じたのか顔を上げるのと、その上っ面に黒い靴が現れるのは、

ほぼ同時だった。


ぐりぃ


「ぅぎゃぁあああああ?! あああああああああああ! なぐっ…」


ぐりぃ


二度、かかとでにじるあたり、相当な憎しみが篭っているように思える。
足からどんどん姿が現れたかと思えば、ザップの顔の上には一人の女が現れていた。
黒のパンツスーツの下には白いカットシャツ、首にかかるくらいのふわっとした黒髪、まだ幼さが残る顔立ち、そして主張の強い胸元。


「おお、チェイン、朝からご苦労さん」
「っす」


意にも介さない、というよりも普通に地面に足を下ろしているような安定感でザップの顔面で、中腰の格好でスティーブンの挨拶に顔色一つ変えずに応じる彼女の名は、チェイン・皇。
ライブラの諜報、追跡、索敵を担当する、人狼と呼ばれる種族の女性だ。
普段は同じ人種のメンバーを集めた人狼局という諜報部隊に所属している。
そこのメンバーの中でもずば抜けた能力を持ち、自身の気配を完全に消し敵の裏をかくことができる不可視の人狼と呼ばれている。

そんな彼女はライブラメンバーでも、特にザップに対して当たりが強い。
彼がいる際は現れるときは、必ずといっていいほど彼の身体のどこかしらの上から登場する。
ザップはソレを避けることが出来ずいつも悲鳴を響かせている。少しばかりは学習と言うものを身につけたらいいのだろうが、相手は不可視の人狼。
認識以前に気配すらつかめなければ対策のしようがないというもの。
結局毎度毎度それによっていざこざが起こっているのは、お察しである。


「クソいぬあああああああいであぁああああやああああああ」


そして現在も絶賛にじり中というわけである。
そんな彼女の手にも数枚の資料らしきクリアファイルが抱えられており、番頭、スティーブンから与えられた仕事だというのがわかる。
クリップでまとめられたそれらをザップに乗ったままスティーブンに手渡し、やっとのことそこから降りればキャパオーバーした彼が床に倒れこむ。
本日二度目の敗北である。ざまあ。と口元だけ吊り上げあざ笑うチェインに反論できる者はいない。


「おお、やっぱあっちのほうでも再捜査の話が出てたのか」
「っすね、数年ぶりらしいですが、どうもあちこちで似た案件が挙がっているとのことで…」
「んー、そうかぁ…」


隈が見える表情のスティーブンの唸りに、後ろにいたレオナルドが顔を出した。

「チェインさんが調べてたのも、例の事件についてすか?」
「まぁね。警察のほうにも行ったけど、難航しそう」



つづく

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