夢部屋

□【幻術のその先】
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「シボロバさん」


「あら、またあなた?」



【幻術のその先】



この霧の濃い地域に、人間が住み着いた。
服はぼろぼろだし、髪はぼさぼさ。見た感じホームレスといった風貌。
女なのになんてみすぼらしい格好なのだろう、と傍目でいつも思っていた。
そのうちによく話すようになったのが最近だ。

僕が人間を使った研究をしたり、人身売買している話を持ちかけても、怖がらず、恐れず、話を聞いているこの少女。
自分がそういう被害にあうという感覚がないのだろうか、いつもにこやかに話しかけてくる。
そして名前を呼んでくる。鬱陶しいというわけではなけれど、普通に人間と接することなんてないし、対応に困ることもしばしばある。


「みてください、ほら。」


そういってくるりと回ってみせる彼女、どうやら自分で服をリメイクしたようで、いびつだが少しはまともな容姿になっている。


「生地はどこで手に入れたの、あなた」
「この間、いらないから、とゴミに出した方から譲っていただきました。どうですか?」
「意外と上手にリメイクできてるわねぇ、いいんじゃない? …ってどうしたのあなた」


なにやらうずうずしている表情でこちらをみてきていて、若干後ろに下がる。


「ええっ、だって、シボロバさんが褒めてくれたの、初めてですもんっ」
「そりゃぁ、よそ様の技術は褒めなければ伸びはしないわけだし? ってだからその顔はなんのよ」
「うれしいのですよ! えへへ」

そうはにかみながら言われれば、ああ、確かにいつも小言みたいにここから出て行くべきだとかなんとかかんとか言っていたような。
むしろ、僕、この子を研究したっていいんじゃないの?なんて思いもするが、あまり話し相手ももともと居なかったため、これ幸いと相手になってもらっていたような。
おおっと、こりゃどういうことかしら。


「…そー」
「はいっ」



彼女には名前がない。
どうやらこのあたりに落とされたとかで、初めて会ったときは頭から血を流して瀕死状態だったのを覚えている。
そして記憶喪失でもあった。名を忘れた、というほうが正しいのかもしれない。
たまに人間を運ぶために雇うヤハオビに手伝わせて、僕の研究室まで連れ帰った時点で、血迷っていたと思うしかない。
ま、僕には血が通っているわけじゃあないけど。
これで施術してしまえば、この娘はHLから出ることは難しくなる。
どこの娘かはわからないけれど、しかし、殺してはいけないと思わせる何かがあったのだ。

意識が戻るか戻らないかな間に、知り合いのホームレスの女に預け、しばらくすればそんな様だった。


「あんた、ほんとこれからどうするつもりよ」
「記憶、ないですしねぇ。私はここにすみたいです」
「ばぁかなぁのぉ???」
「ええー」


人間って見ただけで顔色かえるヤツラだって居るのよぉ?と言えば、そのときは、そのときかなって…ホント馬鹿じゃないの!?


「ええーじゃないわよ。生きてただけ感謝しないといけないでっしょ」
「人食べてるシボロバさんに言われても説得力ない」
「食べてないわよ! 僕は! 研究してるだけ!」
「えー、大差ないですよー」


っぐ、と言葉に詰まれば、屁理屈だわ、とぼやかざる得ない。
なんなのこの人間。面倒くさいわ。
しかし、よくもまあ、ここまで回復したものだ、と自身の医療技術を褒めたくなる。
本来は治療などの専門ではないが、研究対象が生きている人間というだけあって、そういった知識をもってしないと被験体をすぐだめにしてしまう。
ソレはさすがに効率が悪すぎる。外はそれでも規制やなんやで人の供給なんざつまめるかつまめないかくらいなのだから。



「おい、シボロバぁ」
「なによ」
「あの人間の娘、どうすんだ」
「あんたまでそれぇ?」
「助けたのはアンタだろ、まずそこから問題だろーがヨ」
「…そうね、そりゃそうよね」


だロー?とヤハオビに言われれば、ため息が出る。口ないけど。

「売っちまうか?」
「なんか、それ、胸糞わるいわね」
「っカー! お前どんだけあのガキに毒されてんだよ?」


自分で少々困惑しているのは、まぁ、否定できない。
ヤハオビの言わんとすることも、わかる。
なんとかしないと、自分のあずかり知らずなところであの娘は、きっと死ぬだろう。
知り合いに預けはするが、彼女も異界存在。どこでなにが起こってもおかしくないのがこの霧が深い場所だ。
上があんななのだから、異界なんかはもっと危ない。


「研究材料に、なってもらおうかしら」


そうしておけば、きっと手元においておけるし、心配することも、ない。
あらら、僕ったら、こんなに執着しちゃって、ほんとどうかしちゃったのね。ま、そんなの、はじめからかしら。
ぼんやりとつぶやいた言葉を拾ったヤハオビが、了解した、と答えたのが、聞こえた。




(どうしてはじめから、そうしなかったのかしらね)
(シラネーヨ)

おわり


→あとがき
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