企画展示室

□お題募集企画セカンドシーズン
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あふれそうな想いが、心の中で悲鳴をあげる。
彼はわたしのことなんて、気にもとめたこともないのに。
この気持ちを、ヒトは、なんと呼ぶのだろう。





わたしの職場はこじんまりとした花屋だ。
アットホームな雰囲気なのが以前から気に入っていて、アルバイトを募集していたからつい店長さんに声をかけていた。


「ノーナちゃんが働き始めてもう一年かぁ。早いねぇ」


店長兼オーナーの異界存在であるファボットさんは、人懐こそうな笑みをこぼしながら閉店作業を始めている。
ふと、しみじみとそんなことを口にすれば、わたしの口元にも緩やかな形が現れる。


「そうですねぇ。始めの頃はほんっとーにご迷惑をおかけして…」

「いいのいいのぉ、花屋さんでのお仕事初めてだったんだから、そこからはミスもかなり減ったんだしさ。ノーナちゃんはがんばってるよ」


安心しなさいな、とそこで言葉を締めくくり、あら?と続けた。
すこし驚いた声色にわたしも作業の手を止めそちらに視線を向ければ。


「っは、すまないが、…まだだいじょうぶかなっ」


店先に現れたのは、常連さんのスターフェイズさんだった。
いつもびしっと羽織っている紺のジャケットを片手に抱え、ネクタイも緩んだまま、カットシャツは上のボタンが二つほど開いて汗をかいているのがわかった。
かなり急いでいる様子で、ファボットさんも驚いていた。


「ええ、大丈夫だけど…。ミスタスターフェイズ、どうかなさったの?」

「いえね、うちの職場のトップの誕生会が今日なんだが、僕は急務でさっきまで出ていたんだ。」

「あら…それは大変だったわね。もしかして、お祝いのお花かしら?」

「ああ。お願いできるかな」

「もちろん! 閉店作業がもうだいぶ済んでしまってるから、あまり大きなお花は出せないけれど…」


大きくうなずくファボットさんだが、その後困ったように手をほおに添えて首をひねる。
まだ片付けの終わっていない鉢植えに目を向けていたわたしは、ある花と目が合った。


「あっ、これなんてっ…」


わたしは急いで鉢植えを抱え、スターフェイズさんに差し出す。


「どう、でしょうか?」


おずおずと顔を花の影から覗けば、不思議そうな顔をしているのが伺い取れた。
ファボットさんはといえば、あら、いいわね!と声を上げている。


「どういう花なんだい?」

「それはね…!」

「いや、彼女から聞きたいです」


ファボットさんの花にまつわるうんちくが始まりそうなのを察したスターフェイズさんは、笑顔でソレを制止し、わたしに向き直った。
さすが常連さん…タイミングはたぶんばっちりです…!

内心ガッツポーズをとりながら息を整えて、口を開いた。


「これは、ストレプトカーパスって言って、花言葉が、信頼に応える。」

今度はまっすぐ彼の目を見て口にする。

「スターフェイズさん、たまに大きな身体をした方とお店の前を通りますよね?」

「知ってたのかい…?」

「そりゃあ、常連さんですもの」

本当は、スターフェイズさんだから気がついたんだとは、絶対に口にはできない。
だから、当たり障りの無い回答で。

「お互いにとても気を許していらっしゃるように見えたので、一目でいつもお話されるリーダーの方なのだなってわかりました」


目を細め、笑んで見せればすこし驚いた顔をした彼に、もう一言、と思いつけ加える。


「仕事のできるスターフェイズさんが信頼を置くリーダーさんなのですから、きっとこの花言葉が似合うなぁと」


「こりゃ…なかなか鋭い洞察力で、参ったなぁ」


小さく笑いながら彼は前髪をかきあげる。
おでこには汗がきらきらと輝いていて、そうとう走ってきたのだろうと思う。
きっと二人の姿を見なくても、ここまでできるというだけで同じ花を勧めているだろう。


「じゃあ、ソレを包んでもらおうかな」

「はいっ。ありがとうございますっ」


初めて、スターフェイズさんに私自身の考えでお花を勧めることができた。
それがうれしくて、いま、凄くにやけている気がする。
ああ、幸せだ。





「ああ、そうだ。ファボット」

「はぁい?」

「ちょっと彼女、借りて良いかな」

「…ほ? もうお店もおしまいだし、構わないけれど…どうするの?」

「…とって喰うわけじゃないよ。的確な花を選んでくれたんだ、あいつはどんな人物が、とたずねてくるだろうからね」

そういたずら気に笑うスターフェイズさんに、ファボットさんは仕方ないわねーと呆れたように笑った。


「お祝いの花の配達にいってらっしゃい」

「ぅあっはい!」



【ミニチュアガーデンの乙女】
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