企画展示室

□お題募集企画セカンドシーズン
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「ええっと」


この状況はどういうことなのだろうか。




現在、俺は事務所のソファに仰向けに倒れこんでいる。
服装は、先ほど脱いだジャケットがクラウスの机に放り出していて、青いカッターシャツにスーツパンツ、そしてすこし乱れたネクタイ。


すこし乱れたネクタイ!!


(ちょっと待て、どういうことだ…。 なんでネクタイが乱れているんだ)


ぼんやりと思い出しながら、少しばかり外の暗がりのせいで見えづらい人物のシルエットに目線をやる。
コチラの顔に届くほどの、長い髪。
色は、栗色。
若干のさわやかな香りは、シャンプーの香りか。
そういえば事務所の浴室においてあるものと同じだと気がつけば、その人物の正体もはっきりとした。


(…まずいな…非常に、まずい)


「…現実逃避も、大概にしましょうか。…番頭」



その人物の言葉は、若干楽しそうな口ぶりなのが殊更不安を煽り冷や汗が背筋を伝う。
確かに目の前の人物が誰なのか、押し倒される前から気がついてはいたが、なぜこういった状況になったのか、如何せん理解しきれなかった。
別にそういう関係でもなかったわけで、突然の襲撃にただただ、純粋に驚いた上での現実逃避とは名ばかりの脳内整理である。
逆の可能性のほうが高いのだろうが。



「…ノーナ、どういうつもりだい」

(まずは、目的を探らねばならんだろうなぁ…)

「この状況で、考えられることってとっても限られると思うんだわ。…番頭」


その声は、少しばかり熱を帯びているようにも感じたのだが、今までそういうそぶりさえなかった彼女に、何が起こったというのだろうか。
驚いたままの状態で、思いつく限りのことを頭に浮かべてみる。

そのいち、今までひた隠しにしていた想いがあふれてとまらなくなった←可能性はきわめて低い

そのに、HLが俺に夢を見せている←つまり夢かやけにリアルな妄想

そのさん、何か奇行に走る効果を持つものを摂取した←拾い食いをするような大食らいなので可能性が大いにある

そのよん、ザップに騙されて何か食べさせられた←あいつもコイツを狙っているので可能性は捨てきれない


1と2は確実にありえない。ありえなさ過ぎて何故思い浮かべたかだなんて、男のロマンだからに決まっているだろう!
ゴクリと生唾を飲み込みはするが、状況が状況だ。コイツが何をするか、わかったものではない。
普段は音速猿やクラウス、ツェッドの尻を追い回している阿呆だ。
逆に一番仕事関係で組むことが多い俺とは、K・Kは割り切っているからいいものの、コイツはところ構わず俺を殺そうするほど険悪だ。
こういう流れになればなんてのは、俺が考えているだけで、あちらには可能性がひとつも無かった。はずだ。


(この状況で、どう対処するのが正解なのか、分かるわけがないだろうが!)



脳内では泣き叫びたい気分である。うれしいのだけれど現実なのかいまだ区別がつかない。
どこからが夢で、どこまでが現実なのだろうか…!


(正直現実だったとしたら、この後どうなるのか、さっぱり見当がつかん…!)



「…俺を張っ倒して、どうするつもりだ」

「殺そうかと、」

(コイツ、本気か…!?)

「と、思ったけど。気分が変わった」


一瞬脳内が危険信号を出したが、そこからの発言で、息を吞んだ。
ぐ、と自分の腰横に押し込まれたノーナの片腕と、頭の横辺りに置かれた手に力が入った。
彼女の身体もコチラに近づいてきている。もちろん、顔も。

近づくにつれてその表情も確認出来るようになってきた。
何かにせかされるような、そんな顔。


「…っ」

「…悔しいけど、あんたの香りに、興味がある」

「っは…。ノーナ…っ? …っ」



すんすん、と首もとまで顔をうずめられ、体臭をかがれている構図なんて、酷すぎる。
なんというか、情けない構図、というか。

それでも、好意を抱いている相手にここまで触れられて、香りが間近くですれば、おかしな気分になる、
そのまま相手の肩に手を伸ばし、悪あがきのように引き寄せれば、胸の中にすっぽりと彼女は収まってしまった。
本人も一瞬何が起こったのかわからなかったのか、臭いを嗅ぐことも無くぼんやりとしている様子だった。


「…こうすれば、しっかり香りもわかるだろ?」


耳元にぼそりと耳打ちすれば、息を吞み、小さく高い悲鳴を彼女は上げた。
身体はびくりと強張り、伸ばしたままになっている腕もそれ以上の動作を出来ぬまま固まってしまう。

要は我に返って、自分が何をしているか、どういう状況かを再確認してしまったということか。


(あー、くそかわいい。想像以上に可愛い反応するから、どうしてくれよう)


内心はもだえたくて仕方が無いが、この美味しい状況、逃すわけにはいかない想いで一杯だ。
今までこんな反応をしてくれたことすらなかった。普通はその辺の女相手ならばコロっといくものだが、ノーナはまず異性として俺を捉えてくれているかすら危うかった。
もう一押しか、と思い自身の手持ち無沙汰になった両腕で彼女を抱きしめた。
そうすれば、彼女の強張った身体がビクンと跳ね抵抗するようによじり始めた。だがそれもまた堪らなく愛おしい。

「…離さない」

「離…っせ…」

「やーだ」


口を尖らせて拒否をすれば、子供かっ、と胸の中でもごもごとつぶやいている。
文句を言っている彼女の頭を優しく撫でてやれば、じたばたとまた抵抗をされる。

(あー、楽しい)

先ほどからの流れでこちらには余裕ができたせいもあってか、こんな奇行に走った彼女へ疑問をぶつけたくなった。


「俺の香りが、どうしたんだ」

「う"っ…」


たずねれば、くぐもった声が聞こえ、しばらく息を殺して彼女は黙り込んでしまった。
その間俺はノーナの頭を撫で続け、とても鬱陶しそうに頭をブンブン振られた。

(…残念だ)

眉をひそめ顔を覗き込めば、すこし熱を持った頬の彼女と目が合った。

(あー、やっぱかわいい。どうしよう)


そろそろ自分の顔を伏せてもだえ苦しみたい。
それをすれば番頭としての威厳は確実に損なわれる。分かっているから踏みとどまるのだ。
そうしていれば、意を決したように彼女は口を開いた。


「…あんたの、女の『お知り合い』に、見栄を張られたんだよ。だからなんかむかっ腹が立って」

「待った待った待った。どういう流れでそういう話になったんだ」


もだえとか言っている場合じゃない案件で度肝を抜かれた。


「あんたにほっぽられた後に慰めたつもりが、噛み付かれたんだよ。ほんと後始末は、ちゃんとつけろよ」


その言葉から考えれば誰のことなのかは直ぐに思い出せた。


(今日の話じゃないか。)

だが後始末はきちんとつけ、綺麗な別れにしたはずだ。
ではなぜ。


「女はな、振られた直後は誰かのせいにしたくなるもんなんだよ。そんでもってどれほど愛されていたかの誇示にこだわる。」

「それと、俺を毛嫌いしていたキミ、どういう関係が…」

「なんか、もやもやした。女の話聞いてたらクソもやもやして、あんたにも腹が立った」


だから、これは八つ当たりだ。出来る限り棒読みになるようにしたのだろうが、動揺しているのが丸分かりでそれを取り繕おうとしている彼女が愛おしくて堪らなく感じた。


【スケープゴートの先】



(そういうのをなんていうか、知っているかい)
(嫉妬っていうぶふぇっ)
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