企画展示室
□お題募集企画セカンドシーズン
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「よお、ウルツェンコぉ。相変わらず、湿気た顔してやがんなぁ?」
「こういうのを、ポーカーフェイスと言うのだよ。」
「アンタの場合、ポーカーフェイスっつーよりか胡散臭ぇだけだとおもっ…てぇーなー。それがグランドマスターのすることかよー」
「そういうキミこそ、それでも僕の押しかけ弟子かい? その汚い言葉遣いはやめたまえと何度言えば」
「あーあー、はじまったー。ウルツェンコせんせーのお小言がーっぁいってー…。あんたのその左人差し指の第二間接で小突くの、すっげー痛いんだよ…」
「寝ぼけてるのか? キミは。躾のなっていない弟子への制裁に決まってるだろう。 わ ざ と だ。ありがたく思いたまえよ?」
「俺はMになった覚えはありませーん」
先月、ある案件があるからとしばらくの遠征に行ったチェスの師匠であるウルツェンコが、少しばかり痩せて帰ってきた。
何度たずねても、答えちゃくれず、けれど以前の彼とは違う雰囲気になっていたのが、心配で仕方なかった。
以前なら汚い言葉を使うだけで罵倒してきていたが、案件から帰宅してからというもの、俺に対する当たりが眼に見えて少なくなった。
言葉遣いも本当に微弱だが、気にする節が垣間見えるようになったし、なんか悪いものでも食べたんじゃと。
「…でも、よかった。いつものウルツェンコで」
「そうかね? これでも、変わらねばという気持ちが少しばかりあるんだが」
「ほんと、こないだの遠征先で、なにがあったっていうの、お師匠」
俺は、優雅にお茶を吞みながら仕事をしているウルツェンコの書斎に乗り込んできたのだが、そういうやりとりの後、そんなことを言われれば本気で彼がどこか頭を打ったのではと思った。
だからとっさにカップを置いた彼の手を握って、詰め寄っていた。
その行動にウルツェンコは驚いた表情を露にしていた。あまり見せない彼のそんなリアクションのせいで、殊更気になってしまう。
「…どうした、というのだね。」
「心配してんすよ、あんなに冷淡だったあんたが、変わろうとしているだなんてさ」
「……おかしいかね」
「ああ、おかしいね。プライドの塊と言ってもいいほどのあんたが、変わらねばならない? …もう、びっくりだよ」
真顔で言ってやれば、面食らった表情で、口をきゅ、と結んだ。
いつもなら、ここでなにかしら言われるところだ。けれど、その予想されていた言葉は、俺に向って発せられることはない。
「…お師匠、なにがあったんだよ」
もう一度、今度は低い声色でたずねる、そうすれば彼の肩がビクリと揺れた。
その様は、いつものポーカーフェイスを貫く彼からは想像もつかないほど、おびえているように感じた。
【ポーカーフェイスの彼】