企画展示室

□お題募集企画セカンドシーズン
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ノーナがボロボロの身体で発見されたのは、消息を絶ってから一週間後のことだった。
少年の友人が近所でみかけ、意識の無い彼女をしばらく介抱していたという。
彼には後日、大量のバーガーを差し入れることになる。




ザップと買出しに出したのがまずかった。
彼の愛人の一人の雇った始末屋に勘違いされ、その後拉致をされたということが調べていくうちに分かり、とりあえずザップへの処罰は後にすることにした。
彼女は割かし一人でなんとかしてしまう傾向にあったため、甘く見ていたのが今回は裏目に出た。


なんとかできるはずがないのだ、彼女はしがない事務員なのだから。



では今まではどうしていたのかとなれば、彼女自身が努力を積み上げ事務員としての能力を上げていたところにあるだろう。
ケンカもほどほどに、逃げ足も速い。少年を負かしたのだから、比較的早いほうだろう。


そして今回はそれを凌駕する事態が起こっていたというのが今回の事件の結論だ。
芋づる式に別件のいくつかにも関連があることが判明してからはライブラ総動員であちこち飛ばした。
ザップが青い顔をしてことの片付けに出て行く姿を見れば、俺以外からもなにか言われたのだろう。
やつは今回死ぬかもしれないな。仲間からのリンチで。



病院に運ばれた彼女は昏々と眠り続けていた。
原因は二つ。
精神的な墜没と、打ち所の悪さである。
後者に関しては傷もふさがり完治もした。
だが、意識は一向に戻る気配をみせなかった。



「こりゃ、精神の中に完全に落ちちゃってるね」



再度医師から告げられたのは、彼女は精神の中に閉じ込められているということだった。


「身体的な衝撃が強すぎるとね、たまーにだけどあるんだよ。脳内にある精神仮想空間ってとこに落ちちゃうんだ」



普段は意識してもその存在は認識できないらしい。
だが、感受性が豊か過ぎると、時折それを認識できてしまう人間がいるというのが医師の話である。
それが、精神仮想空間と呼ばれる場所なのだとか。



「彼女の場合、衝撃が強すぎた上に精神的ショックだとかストレスが一気にきたんだろうねぇ。空間に落ちたと同時に外界との接触を遮断しちゃったんだ」


だから、いまだに目が覚めない。
そういうことだった。
意識を回復させるには、彼女への想いが強い人間による定期的な声をかけるという行為が必要不可欠だった。
最初の頃はレオナルドも見舞いに来ていたが、俺に一言残してそれ以降花だけ持ってくるだけとなった。


「俺は、コイツは大事ですし、好きだなって思うんすけど、それは恋慕とかそういうやつじゃないみたいっす」


家族みたいな、そんな好きなんすよ。


その少年の言葉に、俺自身はどんな想いで病室へ見舞いに来ているのか、と改めて考えた。
そこで気がついたのは、レオナルドとは真逆の考えだったということだった。




ノーナの傷だらけ、あざだらけの姿に、彼女をこんな目に合わせた相手に殺意が沸き、クラウスに心配をかけた。
殺意がつまるところ駄々漏れだったわけだが。
意識が戻らない事への焦りや、苦しみも増えた。
何度も彼女の笑顔を思い出し、胸が苦しくなった。




「…すまない」



思いが想いだと気がつけば、言葉が洩れた。









それから一ヶ月、彼女は精神から浮いたり沈んだりを繰り返しているようだった。
浮いてくると遅い心拍に変化が現れるため分かったことだ。

だから俺は心拍の遅いタイミングに一度、心拍の早いタイミングに一度、声をかけるようになった。



「ゆっくりでいいんだ」

「おかえり」



彼女の現状を伝えようと打ち明けたこともあった。
そうしたとき動揺したのか心拍にいつもと違う変化がみられた。
医師に話せば、たまにそういった話をして聞かせたらいいと後押しも貰った。



そして、今日も心拍が落ち着いたタイミングでおかえり、と伝えれば、しばらくしてから心拍に変化が見られた。
それは動揺したとき以上の心拍数で、精神内でなにかしらの動きがあったのだと勘付いた。


「す、てぃーぶん、さん」


彼女はうめき、俺の名を呼んだ。
急いで医師を呼ぶナースコールを押した。
これでしばらくすれば医師たちがやってくる。


そうして、ノーナは瞳を開いた。
虚ろな目から、こちらを認識した様子で、頬に生気が戻る。



「あ。お、は、ようござ、います…」


ただたどしい声を耳に受けながら、勢いで彼女を抱きしめていた。
なんでもできると思ってはいた、けれどどこかで彼女を気にしている節があったのだ。
だから、目を開けたことが、最初の言葉が自身の名前だったことが、うれしかった。



「声、聞こえ、てま、した」



その声には、嗚咽をこらえる雰囲気も混じっていた。


「ありが、っとうござい、ましたっ…」


決壊したように彼女の涙が俺の肩をぬらす。
久しぶりに聞いたノーナの声をとても愛おしく感じた。




【彼女の生きる世界に、祝福を】




(後日、ライブラの隅で消し炭のようになっている肉片があったとか、なかったとか)
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