企画展示室

□お題募集企画セカンドシーズン
58ページ/60ページ

記憶のおく、誰だって、そっと降り立つ場所。
人はそこに名をつけることはめったなことではないだろう。
だが、たまに、いるのだ。
名を与え、その場所を自身のものとする人間が。



「おかえり」



誰も居ない白い空間に響くどこかで聞いたことがある声。
ここには誰もいない。
いないわけではないが、存在があやふやなのだ。
それもそうだ、わたしの記憶と、経験と、妄想の生み出す思考の世界なのだから。
理解されにくいであろうが脳内に創った仮想空間だ。

わたしはその場所に「白い部屋」と名づけた。


「ただいま」


白いワンピースに白いケープを羽織ったわたしがその空間に声を落とした。
そうすれば少しばかり薄暗かった空間に淡い明かりが点り、その空間の全景が広がった。


スライドガラスは曇りがかかり外の世界がぼんやりと投影されている。
いくつかの扉も存在し、数は指で数えられる程度だ。


「外の更新がとまってから、何日目になる」



うっすらと空いている扉の隙間からけだるげな声が聞こえる。
中の住人の姿は見えず、声もおぼろげに聞こえる。

わたしの記憶が、かなりあやふやになっているのがそれでわかる。


「…何度かコンタクトしようと試みてはみました。どうしても弾かれるんです」

「じゃあ、傷の言うことは正しいようだな」

「そう、みたいですね」



声は、心底うんざりしたかのように扉を完全に閉めてしまった。
傷、と称した名はおかえりなさい、と言った声の主だ。
声からして、男性なのだろうが、その存在をいまだにこの空間で再現できたためしは無い。
もちろん、今の扉の奥に居る人物についても、だ。

どうやってもあいまいで、なぜ、こんなにあいまいなのかすら、今のわたしには考えることが出来ない。


傷という男が言うには、わたしは現在生死をさまよっているということらしい。
なぜそんなことがわかるのか、とたずねても何も答えてはくれない。
きっと答えてくれないのではなく、一方的に彼が話しかけているという事実が、今回の検証ではっきりした。
こちらからのふれあいはできず、届かない。声も、その姿も、存在も。



「…わたしは、意識を失ってるのか」



それならば納得もいく。
外からの情報が一切更新されないのも、こうして白い部屋と空間から出ることが出来ないことも。


納得はいくが、そこへ向う答えが思い出せない。

歯がゆさは戻るたびに増えていっていた。
そのせいか、広い部屋の真ん中に、丸くて暗い穴がぽっかりと空いている。



「わたしに、ここから飛び降りろといわんばかりの大きさになったもんだなぁ」



ストレスが増えるたびにこの部屋にはその感情は反映されてゆく。
扉の向こうの声のいらだちも、わたしの感情を映している。
扉を閉めたということは、しばらくは怒り自体は表に出てこないのだろう。


時がたてばたつほど、感情の扉は閉まっていったのも事実だ。

いつも全開なのは自分が踏み入れたくないと思っている部屋だけ。



落としたため息にも、色が混じり始めている。
これは、すこし危ないかもしれない。



「飛び降りたら、どうなるのか、わたしは、しってる」




一瞬よぎって、掻き消える記憶。
知ってはいる、けれど思い出せない。
穴と、あの空いている扉には、なにか、怖い記憶だけがわたしにまとわりついていた。




「っ…ぐ」



胸の奥が、痛む。
あまりに突然で膝から崩れ落ちる。
胸をかきむしり、その痛みの原因を探る。
わかるわけ、ないのに。


ノイズのかかる脳内、脳内は、ここのはずなのに。
部屋の中が灯りが点滅するように、ちかちかと瞬いた。



「あなたは、わたしをしっているんだな」




それが、どういう意味なのか、わたしはしっている、
誰の前でも出しているわたしではない、汚いわたし。


これは、思い出さないといけないんじゃないか、という感覚は始めからあった。
なぜここにいるのか、なぜ出ることが出来ないのか、わたしはいまどういう状況なのか。


もし、忘れたのではなく、意識的に逃げているだけだとすれば、わたしはまた彼を悲しませる事になる。

また、とは?
彼、とは?




―すまない…




よぎった声は、どこからか聞こえる声と同じだった。
同じだったのだ。それを、わたしは、知っている。



そこから白い空間にさまざまな映像が投影されていった。
霧に覆われた奇怪な街の全景から始まり、人やそうじゃないものが行き交う道なりにズームアップされてゆく。
そうだ、これは、わたしのいる街だ。

ヘルサレムズ・ロット。元紐育。


たくさんの人ごみの中、デジカメを構えた少年が空を撮っている。

彼は、レオナルド。ウォッチ。わたしのかけがえのない親友だ。彼には、何度とも救われた。助けられた。
きっと、彼は無意識だろうし、口にすればすごく恐縮して、笑うだろう。すこし困ったように、すこし照れたように。


レオナルドの視線から、空を向けられた先に、驚いた表情で立ち止まることもできないから通り過ぎてゆく女性のシルエット。

チェイン・皇。すこし不器用で、一途な乙女。なんだかんだ言って優しくて、けど厳しくて。大好きなひと。
泣きながら文句を言えば、頭を静かに拳骨でぐりぐりしながら更にわたしを痛めつけてくる。しってる、それも愛ってこと。


チェインの足が降り立った場所には、銀色の髪の下卑た顔。一瞬で歪んで酷いものに変わる。

ザップ・レンフロ。馬鹿イエーイバカ。なのに天才という意味がわからない存在。嫌いだけど、いざってときは助けてくれはするけど、セクハラしながらはやめてほしい。
わたしはヤツと仕事をするくらいならひとりで仕事をします。あやつの字は読めません。しかしクズですよね。


そんなザップをにこやかに眺めている老執事はお茶菓子の準備もこなしながらだ。

ギルベルト・F・アルトシュタイン。わたしたちを優しく見守ってくれている国宝級の人物。心が広く、仲間がらみになるとすっごい熱い。彼にかかれば一網打尽だ。
じつは最強なんじゃないかとも。けれど彼は微笑んでいる。怒っているとき以外は。


ギルベルトさんにお茶を渡されている相手は、とっても大柄で優しげな瞳をしている。


クラウス・V・ラインヘルツ。最大大型犬の純粋坊ちゃん。たまに低い敷居におでこをぶつけまいとすこしかがみながら敷居に手をかけている姿は闘っている姿からは想像できないほどかわいいです。
上司なんです。すごく頼りになる存在なんですけど、こんなに可愛い上司だなんてしらなかったよ、レオナルド。一緒に植物の手入れしながら雑談する時間は誰にも譲らない。


クラウスさんにちょうどべったりとひっついているのは、細身で長身の、金髪、眼帯の女性。


K・K。謎多き美女。お胸が無いのは仕事柄なせいなのは、知ってますよ。こんな仕事してなければクラっちと仕事をするなんて無かったんじゃないかしらとかこぼしてましたもんね。愛は偉大です。
わたしの家庭事情を察していたせいなのか、お母さんみたいに感じてます。お子さんの写真も持ち歩けないからたまに泣いてますよね。だからわたしはいつも笑顔で居るよう努力してます。


K・Kさんの次の標的に選ばれた存在は、とても対処に困ってあたふたしている。


ツェッド・オブライエン。博学なのにたまに抜けている、完璧主義じゃないのがとても好感が持てたのは初対面の頃から変わってない。彼には何度もたしなめられてる。次は気をつけるねと言えば不審がる視線を送り始めているのは知ってるんだから。
次からは気をつけます。今回のことも、含めて。



そんな面々をぼんやりとたまに、なにか考えるようにマグカップ片手に眺める細身の、あの、紺のスーツの似合う、頬に傷のある。




バチン



そこで、ブレーカーが落ちたように視界が暗転した。



そして次に耳に飛び込んでくるのは、ぼんやりとしていない色鮮やかな霧覆う世界の騒々しさだった。



【あなたと世界にささやかな幸せを】




「…あ。おはようござい、ます」


管だらけの身体を抱きしめる、すこしやつれた貴方の体温で、わたしはやっと生きている心地を取り戻した。
たどたどしく口から洩れた声は、自分でも驚くくらいかすれていて、さっきまであんなに普通にしゃべれていたのにと不思議にも感じた。
外はまだ暗く、けれど彼の身体の形はよくわかった。
このひとにまた、わたしは心配をかけてしまった。今回はいつもより、深く、重く。


「…声、聞こえ、てました。」




ありがとうございました。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ