企画展示室

□お題募集企画
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こてん、と音がするような様子で、隣で本を読んでいたはずの少女が腕によっかかってきた。
読みかけの文庫本は、今にも閉じてしまいそうで、傍らに置かれていたしおりをそっとつまみ上げページに挟んでとじてやる。







穏やかな休日、一日なにもないというのも珍しくゆっくりしようと思っていたのだが…。


「こんにちわ、リーダー」



屋敷にそこそこな荷物を抱えた、ライブラメンバーの幼い少女が訪問してきた。
後ろには朝から見かけていなかったギルベルトが控えており、買い物先で出会ったのだという。
荷物もちを申し出てくれた、とのことでいつもより多目の買い物をし、いましがた戻ったということらしい。



「荷物置いたら帰りますので!」


ぱたぱたと返事も待たずに荷物を抱え、扉の隙間から入っていく。
面食らって固まっていれば、ギルベルトが苦笑いをこぼしていた。


「いつも彼女は、ああやって私の仕事を持っていってしまわれるんですよ…」
「ふむ…、きっとギルベルトを手伝いたいからなのだろうな」


うなづきながら言えば、そうでしょうか…、と少し含み笑いをしている。
そうしていれば、奥から、キッチンは何処ぞーー!という叫び声が上がる。

「…賑やかな方です。ではぼっちゃま行ってまいります」


浅くお辞儀をしたギルベルトを見送り、扉を閉める。
先ほどまで静かだった屋敷に、灯りが点ったように賑やかさが足された。
その事実に、頬が少しばかり緩んだ。









「んまー! あああ、幸せでそのまま昇天できそうです…はぁ…ギルベルトさんのお菓子は絶品です…」

「昇天されてしまっては困りますねぇ、けれど、お褒め頂き有難う御座います」


「荷物運んだだけなのに、ここまでもてなされてしまうとは…紅茶も美味しい…」

くぴ、とティーカップに口をつけながら幸せそうな顔で言う彼女はとても楽しそうだ。


ギルベルトの提案で昼食も近かったため一緒に食べることとなったときは、かなり恐縮しているようではあった。
しかしいざ料理が出てくると、目の色を変えて、いただきますっ!と元気に食べ始めた。
いつも思うが、なんでも美味しそうに食べているのが少しばかりうらやましく思う。

本当に作り甲斐が御座います、とはギルベルト談だ。


そして現在は昼食が終わり、デザートに舌鼓を打っているところである。

「けれどミス・ノーナのおかげでいつもより多く買い物ができました。これは感謝の気持ちですよ」

「うぇへへ〜…。そういわれちゃうとご好意は無下にできません、あ、これも美味しい」

「本当に、ミス・ノーナは食欲に弱いですねぇ」

「美味しいものにデレデレして何がいけないというのでしょうか!」


キリッという擬音が当てはまりそうなほどのドヤ顔で彼女は言い切った。
実にうれしそうだ。
本当に食べることが好きなようだ。


「では、お昼のティータイムには、特製のスコーンでもお焼きしましょう」

「ふぁあっ!? そ、それはっ、それは…実に素敵な提案ですね!」

「ぼっちゃまも、お食べになられますよね?」


そう聞かれれば、私は二つ返事でうなずいた。
それまで、ゆっくりお休みになっていてください、食器を片付けギルベルトはそう言い残し部屋を出て行った。
ノーナはまだデザートの追加でもらったらしいクッキーを袋にしまっているところであった。
む、一枚つまんで食べている。


「ノーナ、一枚私ももらっていいかね」
「ふ? いいへふほ?」(いいですよ?)

おお、ありがとう、と受け取り一口かじる。
さくさくとした食感から、粉々に練りこんであるチョコチップが舌でほろっと溶けて甘さに拍車がかかる。
甘すぎないところが、また次の一枚に手が出る欲求に駆り立てるのだろう。

「んむ、美味い」
「ねー、ギルベルトさんの作るチョコチップクッキー、だから好きなんですよー」
「そうなのかね?」
「はい、いつも定期的に作ってもらってます、えへへ」


ああ、いつも手にしているクッキーはコレなのか。とそこで気がつく。
お駄賃代わりなんですよーと言う彼女は実にうれしそうだ。
そうか、とうなづいてみれば、ノーナは驚いたように目を丸くした。
そしてわ、という口から、やわらかく微笑んだ。

「リーダーも、うれしそうです。ふふ」
「目の前でうれしそうにされてしまっては、こちらもうれしくならないわけがないだろう」

「えへへ、おすそ分けですね」
「そう、だな」




その笑顔はふわりと胸の奥に降ってきて、かすかな熱を持っていた。





やることもない、ということで自室に招き二人で本を読むことにした。
ノーナは今日買ったという文庫本を開き、私は読みかけであったチェスの本に手を伸ばす。

そうしていれば、彼女が気づけば眠ってこちらに肩を預けてきていたということだ。


「こちらでしたか」
「…」


人差し指を口元に持っていき、扉を開けたギルベルトを見れば、少し驚いたような顔をする。
かちゃかちゃ、と出来上がったスコーンとティーセットをワゴンに乗せてこちらに来れば、彼女の様子を見て納得したようだ。

不思議そうな顔から、穏やかな笑みに変わった。

「よく眠ってらっしゃいますね」
「うむ。もう少し寝かせてやってくれないか」
「もちろんで御座います。では、お茶菓子はこちらに置いていかせていただきますね」
「ああ、すまない。有難う」
「いえ、ではわたくしはこれで」


ギルベルトが部屋を出るのを確認し、ふたたび彼女に目線を落とす。

規則正しい呼吸、長いまつげ、頬についた、クッキーのかす。うん?

「ぷっ…」

危うく噴出しそうになるのをこらえ、彼女の食欲が尋常ではないのを再認識した。
クッキーをつまみながら本を読んでいたようで、先ほどの袋の中にはもう数枚しか残っていないのがわかった。

起こさないように、ゆっくり親指でその残りかすを掬う。
ほろ、と指先から落ちていくそれを見て、ほ、と息をつく。


「ん…ぅ…」


少し身じろぎする様子はあったが、目を覚ます気配はない。
すり、と私の腕に頬を寄せ、だらしなく笑みを浮かべる。
そんなしぐさに、魔が差した。



触れるか触れないかの、その行為はかすかなクッキーの香りで。



「…なにをしてるのだ……」



ああ、とぼやく。



「ん…、ぇへ…甘い」



むにゃむにゃ、とにやけながら眠る彼女の寝言が、一番の破壊力だったのでは、ないだろうか?






【寝言】



(青春でございますねぇ…)
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