企画展示室

□お題募集企画
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【恋愛ごっこ】2





順調に恋人ごっこは静かに、穏やかに、時にお互いが驚く程度に、平行で進んでいた。
しかしながら、女優だからか表情豊かにもほどがあるほどの百面相を毎日している彼女が、今の一度も見せていない表情があるのには気がついていた。
そういった出来事から避けているような、そんな気はしていた。

だからこそ、突然仕事中に不可解なメールが着た時、彼女の異変に気がつけたのだろう。



件名:ロケ
霧の近くに着てるんだけど、嫌な予感がするの。
スティーブン、そういうの詳しくなかったっけ?


添付されていた画像にはユグドラシアド中央駅の改札口が写っていた。
もう、その場所で、嫌な予感というものに思い当たる節があった。


「少年っ」
「ぅえあはいっ?!」


後部座席に座っていたレオナルドに画像データをメールで送信すれば見るように促す。

「ぅぁ」

「写ってるんだな?」

「そっすね、結構どぎついのが。けど、敵意はないみたいっす」


監視してるみたいな、と言うレオナルド。彼にしか捉えられない者。
写真には写らない、ブラッドブリードという存在だ。
以前、K・Kからは聞いていたが、理由がなければ敵意を向けず生活している者もいる、今回の写真に写っていない固体もそういった部類なのか。


「これ、どうしたんすか?」
「友人から送られてきた。仕事であそこにいるらしい」
「ええっ…あ、これ。」
「うん?」


何か自分の端末をいじっていた少年が声を上げた。
今度は彼からデータが送られてきた。
そこにはリアルタイムSNSのスクリーンショットだ。


@sky09 パンドラの箱の収録してるー!

@hykey_ride 収録中に女優が消えたってマジ?

@hsdoifhf143 現地組だけどノーナさんが突然撮影現場から一瞬で消えたらしい。スタッフとかがすげぇ焦ってる



息が詰まるかと思った。
数分前のメールと、現在書き込まれている内容から、どういうことか、嫌な予感しかない。

「スティーブンさんのお友達って」
「ああ、ノーナだ。クラウスに連絡してくれ、このまま駅に向かうぞ」
「ういっす」







敵意がなく、姿を消したノーナ、嫌な予感がするという彼女。
以前から、引っかかっていた謎が、分かるかもしれない、そのとき、確かに思っていた。








「いいかげんにしてよ、兄さん! 言いたいこともわかるわ、けど、こんなやり方間違ってる!」


虚の間際、金髪のポニーテールの女が黒髪の男と口論になっているのが見えた。
それは紛れもなくノーナ、その人だ。強気な口調は男を責めているように聞こえる。



「ノーナ」
「…! スティーブン!」



声をかければ、ぼろぼろと涙をこぼす彼女がこちらを思い切り振り返った。
そんな彼女の腕をつかむ男、離してっ、と抵抗するノーナは叫んでいた。


「この人は、兄なの! 身寄りのなかったわたしをっ、育ててくれてた、たった一人のっ兄なのっ…!」


だけど、と彼女は続ける。

「突然、姿を消した。わたしはHLで見かけたってファンの人からのファンレターで知ったから、」
「だから、ここにきたのか」
「活動は大体公式ブログで告知してたから、いつかはって思ってたの…」



うつむくように声が落ち込んでいくのがわかった。
彼女は、【彼】が異端だと知らなかったのだ。
きっと戸惑っただろう、一瞬でも兄を、恐ろしいと、思ってしまったのだろう。


「生きていくうえでは、兄さんはヒトから血を奪うことも、辞さないって言ったの。そんなの、おかしいわ…。だっていままで生活してきたんだもの」


それはどこかでうまくごまかしていた、ときっと彼女は理解してしまった。けれど、それを肯定したくなかった。

たったひとりの「兄」だから。


「兄さん、スティーブンは、兄さん【達】の敵なのね…?」


聞きたくなかったけど、名前を出したとき、動揺したよね。いま、彼が来たら、警戒したよね。
そういう、ことなんだよね? たずねるが、男は応えない。
無言と言うことは、肯定ということだ。
きっと心の中では考えているのだろう。実は考えすぎな性格のきみは、すごく考えているんだろう。

後ろでは少年がいみ名を読むために奮闘している。
クラウスが到着するまでは、もたせなければ。


「では、どうしていまさら、妹の前に現れたんだ?」

「…、はじめは」



兄は重く閉ざしていた口を開く。
はじめは、懐かしくてつい見に来ただけであったという。
しかしあまりに虚の近くにいたせいで、今まで抑えていた吸血鬼としての本能が活性化された。抑えが利かなくなり、彼女を連れて行った。と。


「意味が分からん」
「それはわたしだって同じですよ! わーん!」
「俺もよくわからない」


「「原因はあんた(兄さんでしょ!)だろ!」」










それからどうなったかって?
ノーナは大泣きするし、男はおろおろしだすし、どうすりゃいいんだ、と正直緊迫していた空気が一気にゆるくなったんだよな…。
クラウスも到着して、いみ名も判明して、彼を密封するか、本人も交えて話し合う羽目になったよ。
あんなことはもう二度とないんじゃないだろうか。


「その、密封した後のロザリオ、ください」



彼女は、最終的にその言葉を搾り出した。
全員がそっちを見た、そりゃぁそうだ。あれだけ大事な兄だといっていたのだから。


「まず、兄さんいま仕事してないでしょう? わたし兄さん養うほど優しくないよ? それで吸血鬼でしょ? どうするの? 仕事見つかる? できる? 虚に近づいたくらいでそんな暴走しちゃうくらいなら永久密封されたほうがいいと思うの」


一息で、彼女はそう言い放った。
男全員が目をひん剥く程度には衝撃だった。


「なら、ロザリオになってあたしの傍にいつもいてくれるくらいがいいわ」

「それでいいのか? ノーナ」

「いいの。わたし、無機物と意思疎通くらいはできるわ」



「「「え?」」」



二度目の衝撃だった。
消されてしまうというわけではなく、二度と動けない施しを受けるだけなら、ぜんぜん問題はないと。
彼女はそういったのだ。


「クラウス…、彼女はそう言っているのだけれど…」
「…、今のところ、密封されたあと、問題が起こったことはない。いい提案だとおもうが」
「…クラウス…きみって稀に心配になるくらいに恐ろしいことを言うね…」
「何が起こるかわからないのは確かに、スティーブンの心配も理解はできる」



では彼女をライブラに引き入れて手元においておくのがいいのではないだろうか。

「クラウス!? その言い方は…!」
「…スティーブンの友人、ということだからな。担当はきみが適任だろう」




うん? クラウス? それはどういうことだい?










「きみは、意外と肝が据わっているんだな」
「そーゆースターフェイズさんは、どうなんですか」



すべてが終わり、恋人期間も終わった日、二人でコーヒーをすすりながらそんな話を始めた。
ライブラと女優業が兼業できるものか、と思っていたのだが、この底なし女はやらかしてくれた。

ウィッグをつけてライブラでは仕事をすると言い出したのだ。
女優だからね!まっかせなさーい! と豪語したのだが、今のところばれていないあたり、怖いと思う。
よく事務所はOKを出したね?と聞けば、ここ、HLですからねぇと。

…頭が痛くなってきた気がするよ


「僕も結構据わっていると自覚してるほうだったが、今回のことでまだまだだと思ったな」
「そうでしょうとも、まだまだですよー?」


にこにこと笑いながらお菓子に手を伸ばし、あむ、と食べる。

「はぁー…最初から最後まで、結局演技で翻弄された気分だよ…」

「そうでもないですよ?」

ぱり、とクラッカーを割りながらノーナはポケットからごとり、と机に赤黒い機械仕掛けのロザリオを取り出した。
彼女の兄を密封し、そのロザリオは彼女の手に渡った。
いまのところ変化はなく、時折会話をしている姿もみかける。


「あのときは、本当に混乱してました。」
「そうだろうね? すごいアドリブ聞かされてる気分だったよ」
「泣いてたのはほんとですけどね。すっごいすらすらと言葉が出てくるものなんですねえ」


いやはや、とつぶやく彼女は困った表情をする。
職業病ですかねぇ、と。
つい昨日まではあれほどタメ口だったのに、女優はこわい。


「そういえば、舞台のほうはどうなってるんだい」
「あーそれ、こないだの事件あったじゃないですか? あれでスポンサーが中止にしちゃってー」


つながりがよくわかんないんですけどねーとケラケラ笑っているあたり、彼女は何か知っているのだろう。
しかし話題に出さないあたり、話す気はないといったところか。


「一週間の研究がぱあーですよお」
「いい迷惑だな」
「まあ、収穫があったんですから、いいかなって」


へへっと笑う彼女、いつもとは違う様子の笑みに、つい出た表情なのだと察した。


「兄も傍にいて、仕事も増えて、収穫どころのさわぎじゃあないな」
「それもそうなんですけどねー」

「思った以上にスターフェイズさんの面白い一面見れちゃいましたし、かっこよかった、し?」
「疑問系なのかよ」


「うーそ、かっこよかったです」


好きですよ?そういうとこ。

ナチュラルになにやら衝撃的な告白を受けた気がするが、気のせいか?


「藪から棒に何をからかってんだって顔するのはやめましょう、地味に傷つきます」
「違うのか?」
「ええ、違いますとも。ちゃんと言いましょうか?」


不機嫌そうな表情はフンスーと息をふいていそうだ。
そういう表情がころころ変わっていく彼女に惹かれていたのだと、早い段階で既に気がついてはいた。

本気になるのは、みっともない、とも。



「いや、いい」




わっ、という声が聞こえた気がするが、気のせいにしてやろう。
散々年上をからかっていた仕返しをしてやるのだ。

大人気ない? ほーそういう生意気な口は、ふさいでやろう。




(ちょっ、すたーっ…! スティーブン! ちょっと!)
(その手には、もう乗らんぞ)
(ひえええ…!)
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