企画展示室
□お題募集企画
2ページ/30ページ
「ちょっと付き合ってほしいんです」
「へっ? 何に?」
「恋人役に付き合ってほしいんですよ」
【恋愛ごっこ】1
「ちょっと待つんだ。ノーナ。唐突に突然だね?!」
珍しく連絡なしで我が家へ訪問してきた友人は、家に入るなり、そんなことを言い出した。
冗談というわけではなさそうで、むしろ切羽詰った感じなのに拍車をかけている。
この友人、ノーナは最近HLで話題になっている、外から移住してきた女優だ。
なぜそんな有名人が知り合いかといえば、移住の際に遭遇したトラブルに巻き込まれたところを、助けられたためだ。
俺が助けたわけではなく、彼女に助けられたのだ。
些細なことではあったのだが、こちらからすればそうでもなかったのもあり交流を持つうちに親しくなったという形である。
もちろん、ライブラのことは彼女が知る由もない。
しかし今日が家に帰っている日で本当によかったとは思う。
連絡なしにくる知り合い何ざ今までもいたが、彼女の場合顔が外に知れている。そっちで問題が起こればこっちにも火の粉が降りかかるだろう。
それは困る、すごく困るので、ものすごい運の持ち主なのでは?とたまに思う。またはこっち側の人間ではないか?と疑うこともある。
「今度やるお芝居の役に詰まっていて…初めてラブストーリーの主役に抜擢されてしまったんです…」
しょんぼり、という言葉が似合うような落ち込みようで。
おねがいしますっ!と頭を下げれば、彼女のトレードマークである金色のポニーテールがぱさっとゆれた。
「いや、あの、な? そう言われても俺は演技とか得意じゃなくてな?」
嘘ではないぞ!と内心言い聞かせながらも顔を上げてくれと頼む。
それでも頑なに顔を上げようとしない彼女に、大きくため息をつかざる得なくなる。
「演技じゃなくって、わたし、今までお付き合いとか交際とか、ましてやセックスとかキスとか、」
「まてまてまてまてまて! 女優がそういう言葉言うのはどうなんだ!?」
考えるよりも先にまくし立てれば、眼をぱちくりさせている。
意味分かってて、言ってないのか!? あああ、と頭を抱え、ちょっと待て、という意味で手を前に出す。
まてまて、考えろ、これはやばいヤツだな、という結論に至れば。
「そういう発言とかを訂正させるためにも、付き合うよ…。」
「本当ですか! やっぱりそれでこそスターフェイズさんですっ」
ぱあっと一気に表情が明るくなり、あ。また嵌められたな、と頭が痛くなる気がした。
似たようなこと、前もあったね!?、ため息をつきながらつくづく彼女の演技力とか、言い回しなんかにしてやられてしまう。
オフというのもあり、気を抜いていたところも否めない。
そして、どこかで彼女に甘い部分があったのだと気づくのは、結構あとの話である。
「スティーブン!」
一言いいだろうか。
「どうしてそう切り替えが早いんだ!? ノーナ!」
「なによー、こちとら女優ですよー? 舐めてもらっては困るのですよ!」
恋愛はしたことはないがこういう演技自体は、驚くほどうまい。という事実は初日から突きつけられた。
人の懐に飛び込む演技自体は、今まで経験してきた役柄の積み上げもあるせいか、実にうまいのだ。
スイッチが切れた途端、面白い事態になるまでがワンセットだが。
ふふん、と鼻を鳴らす彼女の手を、仕返しとばかりに握り返し歩き出す。
「余裕なら行こうか。今日はどこに行くんだい?」
「ぅわっととと、えっあっ、はいはいっ今日はー」
不意をつかれたのか、そういう演技なのか少し照れたような表情をした彼女は本日のデートプランを説明しだした。
「それで、どうだった?」
「…割とどぎついプランにしましたけど…持久力半端ないですね!?」
「まぁ、いろいろ鍛えられてるしねぇ。 わかってて頼んだんじゃないの?」
「いや、ええ、うん…まさか言葉遣いへの容赦ない訂正を入れられまくるとは…」
「ノーナは、もう少し自分の身を守るための知識は身につけるべきだぞ?」
だぁーと女優にはあるまじき声をあげ、うなだれる。
今居る場所は彼女の部屋だ。手料理を振舞う、というミッションも入れていたためお邪魔することになった。
部屋自体はそこそこ片付いており、少しずつ売れ始めている女優にしては少し狭いアパートの一室だ。
聞けば、今後の活動のために貯金しているのだとか。
「いやぁ、相手をスティーブンに選んでよかったです。演技ばっかでそこまでリアルに気をつけたことなかったし」
「曲がりにも女優で、女って性別なんだぞ? むしろもっと早く気にするべきだったんだよ」
「いやはや、嫌というほど身にしみましたぁー。勉強させていただきました…」
はぁー、と息をつけばそのまま、ばふーと自身が座っていたベッドに倒れこむ。
おいおい、一応男がいるんだからその辺気をつけなさいよ、と言えば、お小言か!というツッコミが返ってきた。
「むしろそこはお母さんか!とかじゃないの」
「え、だって今はスティーブンは恋人じゃないですか」
さらっとそんなことを言われれば、きちんと異性としては認識されている事実を確認できてしまった。
不意打ちの言葉に面食らってしまい、耳が暖かくなるのがわかった。
「待て、それは反則だろ…」
「ほ?」
「恋人扱いを不意にされるとな、照れる…」
「ふむふむ…」
事前に彼女からは、どこでどう感じるかはきちんと伝えてほしいといわれていた。
演技の参考にもなるし、今後誰かと本格的に付き合う際にもきっと役立つはず!と豪語していたためだ。
ソレを聞いて若干、あ、付き合わなきゃよかったかなと後悔した。だが付き合ったんだから、まぁ、自業自得か。
俺の言葉を聴いた彼女はすぐさまメモ帳に記載を始める。
そして書いている途中で、何を思ったかペンをとめた。
「えっ、ガチで照れてます?」
「…え?」
「いや、スティーブン、さん。顔真っ赤」
「どぅえ!?」
さすがにこれは予想外で、思いもよらない言葉だ。
そこに笑いが生まれれば、冗談だと理解した。
か ら か わ れ た の か ! !
「っはははは! すんごい声出てましたよ!?」
「っ〜〜〜〜〜…!」
してやられた、自覚がないまま顔が赤らめるなんてことはないはずだ。たぶん。
悔しい、年下にこんなかわらかれ方をするとは…!屈辱的だ…。
そう思っていたら、さらに追い討ちをかけるように彼女は口を開いた。
「そういうとこ、わたし好きですよ」
無防備に動揺しちゃうとことか、とクスクス笑う。
彼女からすれば、そう見えているということか。
「君は、どこからが演技で、どこからが素なんだい…」
「うう〜ん…演技含めて、素…?とかじゃだめ?」
「じゃあ、俺が好きっていうのは?」
「…っ。そこ、聞いちゃいます?」
つつかれては困る言葉っていうのは、直感だが、わかるものなのだなとぼんやりと思う。
今度はノーナが赤くなる番だ。仕返しのつもりだったのだが、思った以上に効果があった。
それをみてこちらまでなぜだか気恥ずかしくなった。
(ラブホのシステムまで懇切丁寧に教えて、見学までしたっていうのに照れもしなかったくせに、ココに来てコレだ)
(ええーっ、そこ!? ラブホのくだり!?)
ーこんなので一週間、大丈夫なのだろうか…?