廃倉庫

□異端考察
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今にも降りだしそうな、そんな満天の星空は、壊れてしまった二人を見下ろしながら、陳腐なイルミネーションのように光る。



「ねぇ、僕、きみが嫌いだよ」




お互いの汚れてしまった赤い身体を、痛く、きつく、抱き合わせながら。






「奇遇ね。あたしも、きみが、嫌い」








嗚咽を殺し、冷たい頬を暖かく塩辛いモノが伝う。
呪文のように、お互いに言い聞かせるように。


それは、全てを無くした夜の話。
記憶の水底に、重石を付けて沈めた、過去の物語。
















異端考察
-U-

















「っか、は……!」



喉からせりあがった一瞬の吐き気で、俺は我に返った。

そして、やられた、と二度目の悔し文句が脳内で点滅する。
まさか、自身の身体に戻されるとは思いもしなかった。
あの一撃が致命的だったのは確かだろう。



しかし助かったのは、ビルの場所を最初に視てくれた森羅が、近くで待機してくれていたことだ。
直感能力はこういう時、本当に助かる。


だが、困ったことに、いま、俺は眼鏡をしていた。






「きみ」








高い声、俺と森羅のスイッチを切った魔法使いの女のものだ。
気配もなく現れ、いま目の前にいる。
俺はまだ、切り替わったばかりで建物に背もたれたまま腕組をした状態。
これは、絶望的な状況だ。






「……上森(かみもり) 九十九(つくも)くん?」




「え……っ?」





息を呑む音が聞こえた、と思うか否かのタイミングで魔法使いの女は、俺の名を告げた。
その声はやや驚いたものだ。
さすがにこちらもフルネームで呼ばれ、硬直が解けた。


急いで視線を上げると、魔法使いの女、いや、人形師の蒼崎 橙子(あおざき とうこ)が目の前にいた。



「あなたは……」




今度は此方が絶句する番だった。




「そうか、君の"身体"だったから私が"視え"たのね」



そんな間を遮るように、橙子先生は納得したような言葉を口にし、小さく頷くような素振りを見せた。
彼女の、灰色にも見える水色の短い髪が、夜風に吹かれ少し揺れた。



それは、確かに、森羅の視た魔法使いの姿である。
俺が"改認識"したのだから、間違いない。
けれど"この女性は人形師"だ。
つまり、情報を統合すると、彼女は人形師以前に魔法使いだということ、か。

駄目だ、眼鏡のせいでこれ以上は思考が出来ない。



「ああ、そんな考え込まなくて良いのよ」



俺の意識を読み取った橙子先生は、そう小さく笑った。
そしてこうも続けた。



「敵にはさせないから」




殺気立たせた感情さえも読み取られたらしい。
この人を前に、森羅は戦えるだろうか。
隙が存在しない、この魔法使いに、戦いを挑めるだろうか。
いや、いま考えても仕方ない。
俺は"眼鏡をかけている"、これ以上の思考は無理だ。


一旦落ち着こう、新しい"紙"が必要だ。



一息、小さく吐き出し、森羅を置き去りにしていた、と思い出した。
人通りが少ないから大丈夫だろうが、彼女は曲がりなれど女の子だ。
回収しないとまずい。

この場からも、離れたい。

一番の理由も出たところで、俺は魔法使いの言葉に返答するために口を開いた。




「……わかりました」




橙子先生は、懐のポケットからタバコとライターを取りだし、先端に火を灯した。
火の点いたタバコの、吸い口を唇にくわえ一息吸い、煙草を口から抜きながらスゥッと煙を吐き出し、数回頷いてみせる。



「うんうん。聞きたいこともあるでしょうから、今度はちゃんと"二人で"いらっしゃい」



微かに口元を軽く吊り上げながら、ばぁい、と軽く手をひらひらさせる橙子先生を尻目に、俺は一度深く頭を下げ、その場から逃亡した。






****#****



たつ、たつ、と雲がかった街に冷たい雨粒が落ち始める。





それは先刻まで二人の人物がいたビル前も同じ。


今は息絶え絶えの人間が一人、硬いアスファルトに伏しているのみ。




ウルフカットとは言い難いほど不器用な切り方でバサバサの短い髪。
色は漆黒。
首からは根付け編みされた黒い紐に、丸いトルコ石を通した首飾りをかけている。

服装はこの時期には珍しい、夏のセーラー服。
そして寒さ対策のためだろうか、革製のロングコートを羽織っている。



顔立ちは夜のせいもあって確認しづらい。

しかし、セーラー服の袖やスカートから覗く手足は、華奢という言葉が似合わない程度に筋肉がついている。


少女は動く気配はなく、少しずつ量を増し、彼女のコートを叩くようにパタパタと音を立てる。



そこへ新たな音が増える。
だんだんと近付く、水を蹴るような音。
そして荒い息遣い。

現れたのは、長い茶黒い髪を白い布でまとめた背の高い人物だ。








「……迎えに来たぞ、森羅(しんら)」








白い息を吐きながら、その人間は荒い息遣いのまま、セーラー服の少女に一つ、呟きを落とした。
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