企画展示室

□お題募集企画セカンドシーズン
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雨が降っている日だった。
タバコ屋に用があり、店主と珍しく話し込んでいれば、外は雨もようになっていた。
雲の動きから通り雨なのは予想できた。
しかしなかなか止まない、困ったことに傘はなく買ったばかりの煙草に火を点け一服を始めた。

そこへ大きな影が俺の顔にかかった。

不思議そうに見上げれば大きく真っ黒な傘
が差し出されていた。
差し出した相手は軽装に傘をもう一本抱えた女性


年齢はその人懐こそうな表情からはわかりづらい。
にこ、と笑い差し出された傘と、その持ち主とを
交互に見た。

「傘、ないんですよね?」


よく通る声で聞かれれば、まあ、と口ごもる。
女性が苦手というわけではない。
初対面で傘を貸してこようとしているということに面食らったのだ。
否応にも貸してこようとしているため念のため確認する。

「誰かの迎えではないのか?」

そう訪ねれば、ああーと気の抜けた声を上げ、いいのいいのと笑った。

「困ってる人優先です」

にへ、と笑い傘の柄の部分を無理矢理持たせてきた。
まさか金をとるつもりじゃ、と身構えれば不思議そうな顔をされた。
悪意はないようだという事はあよくわかったので、その好意に甘えることとした。


「すまんな。助かる」


返すために連絡先を聞こうとすれば、あ、気にしないで。と小走りにもうひとつの傘を差して雨の中を走っていってしまった。
嵐のようにやって来て、嵐のように去っていった女性は部下とは違いベリーショートの黒髪で、赤縁のメガネをかけた20代後半くらいの人物だった。



その人物に再び出会ったのは、それから1週間後の喫茶店だった。


「あーやっぱりこないだの!」


コーヒーを飲んでいれば、後ろから突然声をかけられ、コーヒーを落としそうになった。
振り返れば先日傘を貸してくれた女性がこちらの席に向かってきた。
あまりの衝撃にしばらく目をぱちくりとさせていれば、カウンター席の隣にすっと座って、いつものーと店員に注文している。

「なんだーお兄さんもここの常連さんだったんですねぇ」

相変わらずの人懐こい笑顔で話しかけてくる。

「ま、まあな。そういうお嬢さんこそ」

「ふぁ?! お嬢さん?! あっはははは!」

悲鳴のような声を上げたかと思えば彼女は大きな声を上げて笑いだした。
まって、お嬢さん!お嬢さんだってさ!とランチセットを運んできた店員に言えば、あー、まぁそうも見えますよねぇ。と苦笑いをこぼしている。
まるでそう見えていて仕方ないと言いたげな言葉に、どういうことだ?と首を捻る。


「ああ、いや、ごめんなさいね。これでも30年位は生きてきてお嬢さん呼びされるのは久しぶりでさ!」

いやぁ、驚いた!と口にする彼女の言葉に今度はこちらが驚く番だった。

「やけに若く見えたんだが、意外と年が近いのか」

「え、お兄さんも30代? もう少し若いかと思ってたよ! へぇ〜世の中見た目では判断つかないねぇ」

けらけらと笑う彼女に、どこか親しみを感じ、こちらまで口許が緩む。

「俺はダニエル・ロウだ。こないだは傘、助かったぜ? ありがとな」

「ああ、いえいえー。あたしはノーナ・ヴェレジェード。お役に立ててよかった!えっと、ロウさんでいいかな?」

砕けた言葉で話せば彼女も笑顔で応じてくれた。
呼び方を聞かれれば、ダニエルでいいぜとするっと出てきた。

「じゃあダニエルさんね! よろしく!」

にひ、と笑った彼女は俺の手を握り、数回振った。

これが彼女ノーナと再び出会い、親しくなるきっかけであった。


その後、傘を返すという名目で改めて別の場所でお茶をする機会を得た。
その際に、互いに明かせはしないが面倒な仕事をしているという共通点があるという事実を知り意気投合した。

そうして広流を重ねるうち、親密になっていった。

彼女は自身の所属する部署のことを、俺はアホな部下の話を若干の脚色を加えて話した。
会う頻度はまちまちで、こっちは事件が重なればドタキャンもしたが彼女は怒りもせず大変だねーと笑った。


ある日のことだ。
彼女は青い顔をして待ち合わせの場所に現れた。

「どうした…!?」

そんな表情の彼女は初めてで、さすがの俺も驚いた。
そして彼女は俺の顔を見て堰が切れたようにぼろぼろと涙を流しはじめた。

「…だに、え、るさ…っ。あだ、じ…どうし、よ…」

今回の待ち合わせ場所が公園で本当によかったと思いながらベンチに促し、そのわけをきくことにした。



その内容は、告白を、同僚にされたというもの。
動揺している姿など見せられないと思い自分の想いをいつも通りに伝え、ここに来たという。

「すきな、ひとがいるって言って」

そしたら同僚はこの世の終わりみたいな表情を一瞬だけ見せたらしい。
本当に一瞬で、すぐいつもの表情にもどったということだが、ものすごく後悔したと。


「けど、好きなやつがいるんだろ」


そう聞けば静かにうなづいた。
その様子を見れば、こたえはひとつしかなかっただろう。

「なら、いつも通りに接してやったらいいんじゃねーか?」


普段の彼女を知らないが、後輩や上司からも一目置かれている存在なのは話を聞いていればよくわかる。
きっと、その同僚も彼女の人柄にひかれたに違いない。


「俺はできねーが、お前ならできると思うぜ」


ぽんぽんと頭を軽く叩いてやれば、突然こちらに顔を向けてきた。
驚いた表情だ。


「ダニエルさん、好きな人いる、の?」

「おーそういや話したことなかったな」


そこまで口にすれば、彼女はなにか察したのか、あー...と薄く目をほそめた。
なんだよ、とその表情に文句を唱えれば。



「どうも部下の話がほとんどだと思ってたら、そーゆー…」


警部補 は 100 の ダメージ を うけた!


大きくため息をつかれ、落胆にもにた表情を浮かべた。
へたれ、と小さく呟かれればとどめになった。
しかしその落胆に、別の意味があったとは思いもよらなかった。




それから半年して俺は告白することなく失恋したわけだ。
そのことをノーナに愚痴と共に報告すれば、
ビールジョッキを彼女は机に叩きつけて一言。


「へたれえっっ!」



「わかっとるわ! あほがあ!」



言われるのはなんとなくわかっていた。
だからどんな叱責も受けよう、とも。
そのあとにおってきた言葉はその予想を遥かに越えるものだった。


「こっっちは、半年、どうなることかと思っていたんだ。このまま失恋するかとも思ったわ...あのときあのアホの気持ち理解してことさら申し訳なくなったわ」


絶望しなくて正解だったと彼女は口にした。

「まて、どういう…」

それ以上は、彼女が言葉を許さなかった。
強引に首を引き寄せて、勢いよく唇を奪ったのだから。


「あんたも大概、天然だとおもうぞ、ダニエル」


これ以上ないほどのまぶしいまぶしいくらいの笑顔で彼女は伝票を持ってレジへ向かっていった。

あれ、あいつ、あんなにかっこよかったっけか。

いつも年を忘れるほどの美人で、子供みたいに笑って、あのときは、あのときはとどんどん場面が切り替わっていく。
かっこいい一面なんて見たことはなかった。

そこで自分が呆然としていることに気がついた。
彼女は店の外へ。その姿を視界に捉えれば、大急ぎで持ち物をまとめ出口に向かって走り出した。


口づけの訳と、言葉の意味を。
問いただすために。



【シガーキス】


(つーか、人目につく店でするんじゃねえ!)
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