企画展示室

□お題募集企画セカンドシーズン
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朝起きてみれば見慣れないベッドの上でひどい格好で横になっていた。
ひどく頭が痛く、しかし吐き気はない。
そとの景色、部屋の様式から自宅ではないのは容易に想像できはするが、昨日は誰かと飲んだ記憶はない。
多分。
枕元にある机に二日酔いの薬とガラスコップ。
コップには透き通った液体、水だろうか。

痛む頭を片手で抑えながらコップを手に取り嗅いでみる。
香りはなく、それが正真正銘の水であると確信できる程度には警戒心が平常運転であることは確認できた。
見ず知らずの場所にいればそのくらいは許されるのではないだろうか。

コップの下に下敷きになっている四角い白い紙はメモ用紙らしく裏返してえ見れば、シャーペンでの綺麗だが急いでいるのがわかる走り書きがされている。

[to:ミスタ]
おはようございます。
自宅でなくて驚いていられると思います。
昨晩あまりにミスタが泥酔してらっしゃるようでしたのでお店から我が家へ運びました。
お加減が悪いようでしたら枕元の薬と水を飲んでください。
玄関の鍵は戸締まり必須の賃貸なのであらかじめしてあります。
スペアを靴箱の棚にかけてあるので御帰宅されるときは使ってください。
使用後は入り口の封書入れから放り込んでおいてください。

当方朝早くからの出勤のため申し訳ありませんが先に家を出させていただきます。

PS。朝飯はキッチンのフライパンの中だから勝手に食え失恋野郎








「ぶはっ…」


最後の一文でとうとう吹き出してしまった。
失恋って、コレ。

「…夢かと思っていたんだが、ええー…」


昨晩、どこかの酒屋に入った夢を見ていたが、まさか本当にそうだったとは思いもしなかった。
そして失恋野郎、ということは、彼女のことも喋ってしまったということだ。

…まいったな。


ずきずきと痛むこの感覚をとりあえずなんとかせねばならないと思い、好意で用意しておいてくれたであろう薬を掌に乗せ口に放り込んだ。
コップに口をつけ、水を飲み下す。
しばらくは痛みは続いたがしばらくしていれば最初よりかは幾分かましになってきた。
どうも効きの早いもののようで、きっとこの部屋の住人もよく使っているのだろう。



少しばかり気持ちに余裕が生まれ、部屋を見渡せば自身の鞄がテーブルの下に丁寧に立て掛けてある。
部屋にはものは少ない。
部屋自体も大して広くはない。
窓辺に干してあるものを見れば、タオルのみ。
殺風景にもほどがある上に、どんな人物がこの部屋の住人なのか見当がつかない。

机やベッドもシンプルなもので、あまり物に頓着しない人物なのかもしれないことくらいしかわからない。

メモの内容が詳しいため、初対面の相手にも優しい几帳面で真面目な人物であることも読み取れた。
最後の一文からして、迷惑をかけたのだろうということも。


「…今、何時だ…」


今日は午後からたしか会議を入れていたはずだ。
それにまだ残したままの仕事もある。
コレはたしか正午までに終わらせておかなければならなかった、気がする。
やるべきことは大量だ。いつものことだが、ここがどこかによって事務所に着く時間も変わり、仕事が間に合うかも左右される。

おもむろにベッドから降り、裸足ということに驚いた。
親切に脱がせてくれたのだろうが、武器である自身の足の仕掛けがバレるのは困る。
その靴と、履いていたであろう靴下がほったらかしということは、コレは自分で寝ぼけて脱ぎ直したようだ。
すまない。


内心そんなことを思いながら、鞄のなかを探れば、漁られた痕跡もない。
お目当ての連絡端末を取りだし電源を入れれば、着信履歴が最初にポップアップされた。
主な連絡先は、事務所のリーダーに、部下である少年、そして失恋相手である同僚の女性。

割合としてはリーダーの数が圧倒的に多い。

時間はまだ7時半である。

午前中、という事実に心底安堵の息を落とす。
再度外の景色を見れば、わりと見たことのある景色である。
事務所には近いようだ。
その事実に再び息をつく。
そうしてれば何度目かであろうリーダーからのコールがかかってきた。


「うい、スティーブン」



電話に出れば、そこから聞こえた声は同僚の女性である。
一瞬息が詰まるかと思った。正直寝起き一発目で聞くには辛い。気持ち的に。


「どうしたんだい、そんなに泣きそうな声で」



平静を装い対応して見せれば、一通り罵ったあとに絶望して身を投げたんじゃないかと思ったと口にした。
酷いなあ。
いつものその彼女の口ぶりに、内心そうは思いはしたが口にはしない。
そしてその次にきたイイヤツが早死にするのは許せないという賛辞の言葉が追ってきた。


「そりゃ、ドーモ。やけ酒はしたけれど、生きてるよ。ありがとう」


そう返せば、生きてるならいい。早く来ないとうちの一番胃を痛めやすいリーダーの異が大変なことになるという脅し文句をもらい、やっと現実へ引き戻された感覚にハ、と脳内がはっきりしてきた。

フラれかたは、とてもいさぎの良いものだったのを思い出し、息を小さくついた。
そして、切り替えるようにいつもの口調で了承の言葉を伝えて通話を終了させた。



「切り替え早すぎないか、アイツ…」



どれほど考えなやみ、そうだよな、想われる側は意外と気がつかないままだとそうもなる。
そして相手が別の人間に想いを抱いていれば尚更だろう。
男らしすぎる振り方するのも、ずるい、と女々しくも思ってしまう。


「けど、今後も頼りにするからよろしくねースターフェイズ氏」



ふと過った言葉に、1度頭を抱えた。
あーだめだ、アイツには敵わん。誰だ、あの男らしすぎる女に恋を与えた奴は。
深く長いため息を落とし、今度こそ気持ちを切り替えることとする。
しばらくは引きずりそうだが、踏ん切りがつかないわけではない。


ジャケットはベッドのすみにあった。
少しばかりシワがあるが大して気にはならない。
今日は自分の所属している人間以外と会う予定はないから許容範囲内だ。





リビングに出ればまた殺風景な部屋である。
しかし一点だけ違和感があった。
ど真ん中に置かれた大きなソファだ。

やけにこだわっているのか少し値段が高い逸品だ。
1度欲しいと思っていたブランドのものだったためよく覚えている。
たしかベッドにもなったりする機能的なものだったはずだ。
つまりこの部屋の住人は、そのくらい多忙な仕事柄ということだ。
部屋に戻っても疲れて眠るか、酒を呑みその後帰宅して雪崩れ込むようにソファへ向かい、起きれば酔い止めを飲み干しその身体で仕事へ向かう。
衣服の洗濯がないのは洗濯する時間がないため。
それなら納得もいく。

つまるところ出かけることも少ないし、普段着もない可能性が高い。

案の定冷蔵庫は小さく、なかには卵とベーコンくらいしかない。
ということはフライパンに作ってある朝食はベーコンエッグだろう。


「まだ料理する気力があるだけましか」



口にすればあじつけがされていないが、ベーコンの味でそこがカバーされている。
有り体に言えば旨い。世話になっておきながら失礼なことを考えているものだが、失恋野郎という言葉への反抗心からなのだろう。


通話履歴以外を確認していなかったことを思い出し、メーラーをタップすれば未読のメールがいくつか入っていた。
差出人は先程の通話履歴に載っていた人物たちと、明日以降に予定している人物からのものだ。
とりあえず早急に返すべきものはなさそうだと判断し、フライパンを洗いフックにかけておく。
身だしなみくらいは整えておかなければならないと思い洗面台を探せばバスルームと併用ということがわかった。
そこでやっっとこの部屋の住人の性別が判明した。

すくないが肌のケアのためのものがいくつか並べてある。

女性だ。



【初めて見知らぬ女性の家で目が醒めた朝】


(…なんの記憶もないのは、初めてだな…)



余談


「あ、スペアないじゃん!」


ソファの上には1枚の名刺。
裏には直筆の連絡先が。

最後に


お人好しで口の悪い家主さんへ


という一文。
彼女がそれに気づきゴミ箱にビリビリと破り捨て、その数日後に彼がスペアキーを返しに訪れ素面のまま初対面するのはまた別の話。
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