企画展示室

□お題募集企画セカンドシーズン
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「あ"〜…だりぃ」

真夏、霧だらけのヘルサレムズ・ロットは蒸すような暑さだ。
そんな中、肩から合成皮製のかばんをさげたスーツ姿の女。
頭からは二本の柔らかそうな角がでこから生えており、顔立ちは人間。


ノーナ・ヘルベレシアン・アゾットは異界存在の会社に勤めるOLだ。
今日は、歩きで一時間ほどの距離にある支社へ書類を届ける移動メールの役割を遂行中である。
しかし、いつも使っている自転車が壊されてバラバラにされていて、彼女は会社で悲鳴を上げた。




そして現在、歩きで向っている。
現在の気温は37度、むあっとした暑さのせいでそれ以上に感じ、殊更仕事への意欲をどっとそいでゆく。
もう少し歩けば地下鉄へ続く階段も出てくる。
ここはすこし都心部から離れた土地だ。



「あづいよぉ〜…蒸し焼きにされそうだよお〜…」


だらだらと歩きながら、ため息を吐く。
それすらもうっとおしい感じである。
こんなとき、涼めるようなものがあれば、まだ気持ちが保てるところではあるが、そうもいかない。
そんなに急ぐ用でもないのでここまでのんびりと出来てはいるが、本当に、暑い。



「あ"〜…、カキ氷たべたぁ〜い…」



以前、企業同士でのパーティで、酔いが回ってベランダで涼んでいたときだ。
あのとき酔い覚ましに付き合ってくれた男性が、ひんやりとしたデザートを持ってきてくれた。
さわやかな乳酸飲料を、細かく削って山のように盛った氷の上へ贅沢にかけたそれは、スプーンですくえばシャーベットのような音をたてた。
そのまま口へ運び、下に乗せればすぐに氷が溶け、ひんやりとした感覚と、乳酸飲料の甘い風味が口いっぱいに広がった。
そうすればくらくらしていた頭もだんだんとはっきりしてきた。

そのデザートの名前は、カキ氷。

思い出すたびに口の中でその甘さと冷たさがよみがえる。
しかし現実は哀しく、暑い空気しかない。


「ふぁーん…。あのカキ氷むっちゃおいしかったんよなぁー…」


じゅるりと涎が口元を垂れそうになり、急いでぬぐう。
さすがに恥ずかしい。
そうしながら歩いていれば、やっとこさ地下鉄の駅が見えてきた。
大きくため息をつき、地下へ降りる階段に足をかけたときだ。



「おや? アゾットさんじゃないか?」



どこかで聞いたことのある声に振り向けば、そこには紺のスーツを肩にかけて青いカッターシャツの袖を捲り上げて、すこし緩めた黄色いネクタイ。
そんな身なりをした、見覚えのある頬の傷。




「ああーっ! カキ氷の人!」


「ちょっとまって、名刺交換までした仲だったはずだぞ?!」




その男に言われ、そうだっけ?と思い出せないまま首をひねれば、相手は心底呆れたように大きなため息を吐いた。
なにやらぶつくさとつぶやき、またため息。
最後あたりはまあいいか…と諦めたような口調だ。



「覚えてもらってただけよかったか…。と、いうよりも、カキ氷で覚えているとは思いもしなかったな」

「いま! 無性に食べたかったんですよ!」

「まぁーこう暑くちゃかなわないしなぁ。で、キミはどこにいくんだい」

「支社ですっ、本社のPCがこの暑さでバカになっちゃって。時間に余裕があるんで移動メールです」

「なるほど。しかし残念なことに、地下鉄は今止まってしまっている」

「ふぁっ?!」


カキ氷の人、スティーブンさんいわく、この異常なほどの暑さのせいでどこの交通機関も酷い有様なのだとか。
どうりでいつも以上に道路の車が少なかったはずだ。

「そこでひとつ提案なのだけれど」

「はい?」


とりあえず見つけた日陰へ入り話を聞いていれば、彼はある提案をしてきた。



「よければ、僕の車に乗っていくかい?」



【タイムリミットはどれくらい?】


(『ちょっとースティーブンせんせいー? ナンパもいいけど、この暑さの原因探しもちゃんとしなさいよねー?』)
(分かってるよ、K・K。それに、これはナンパじゃない。紳士的な行動さ)
(『貴方が言うと、ほんっと、胡散臭いったらありゃしない! 異界のお嬢さん! この性根腐った男の口車には乗っちゃだめよぉー?!』)
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