企画展示室

□お題募集企画セカンドシーズン
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わたしは、ミシェーラの兄がHLに現在居ることをしり、とりあえずホマレさんに連絡を取った。
もちろん、ガミモヅの件は伏せて。


「えっ、レオナルド・ウォッチ?! ちょっ、ちょっとまって?!」


開口一番の反応がコレだった。
なんであんたがそんなにテンパってんの。どしたんホンマ。
と内心心配にはなったが、どうどう、と鎮め、事の次第を説明すれば。


『…そう…そうなの。』



なにやら長いため息をついている感じであった。
その理由は、すべてが終わった後に分かったわけだが。



彼女いわく、またこっちに来てみたらどうだ?と打診された。
正直、ガミモヅが彼女の視力に関して、そして視力を失った原因は自分にあるとヘルサレムズ・ロットに飛び出した兄、レオナルド・ウォッチに興味を持っているというのは間違いないと思っていたので、先手を打っておくべきか。

という考えに至った私は、かくしてHLに再び行くことにしたのだ。

正直、そのことを伝えるか迷った。主にミシェーラに。
けれど彼女はもうココ最近は愚弟と行動を共にすることが多く、ガミモヅの監視下だ。
下手なことを言えば、きっと勘付かれるに違いない。
以前からそのことを彼女に相談はしたかったけれど、どんな手段でも、何かしらボロが出ればオジャンだ。
ならいっそ、相談はせず動いたほうが早いのではと。




「…え?」

「うん、だからね、しばらくわたしはまたライターの仕事で家を空けることになったから」



いつもの弟への報告だが、今回は話が違う。
ミシェーラも一緒だ。
にこやかに、彼女の家でそう告げれば、心底残念そうな表情を浮かべるミシェーラ。
そこには、不安も混じっているところを見ると、やはり婚約者の背後に存在する気配に、どうすればいいかわからないといった感じだろう。


「姉さん、今度はどちらへ?」

「ちょっと今回はあっちの出版社の意向でね。あちこち飛び回るライタールポを頼まれてて、どっかに滞在するわけじゃないんだわ」

「期間は…?」

「そうだねー、今回は昔の知り合いのライターさんとの合同企画でさ。あっちとこっちの執筆期間もあるから、長期になるかなぁ」



そういう依頼は、昔から定期的に仕事として入っていたので、問題はない。
騙しているのには違いないが、可愛い義妹の兄に会ってみたいという気持ちが強くて半ばウキウキしていたのはナイショだ。

すこし楽しそうに話しておけば、実際の心は悟られない、というのもあるけれど。








「いつも思うけど、この湖、本当に綺麗ね」


ミシェーラの車椅子を押しながら、わたしは大きな湖畔を見渡していた。
愚弟はこの湖によく連れて行って!とミシェーラにねだられるらしい。
眼が見えずとも、見えていた頃の風景を思い出すだけで、心がふわっとするらしい。
確かに、どこか落ち着かせてくれる雰囲気がある。


「そうでしょ! 私とおにいちゃんとの大事な場所なの」

「ほんっと、ミシェーラのお兄ちゃん好きはブレないねぇ」

「そういうお姉ちゃんこそ、トビーのこと、大好きじゃないの!」


ふふふと、笑い合えば、私の背後にガミモヅが居ることに気がつく。
この場に、トビーはいない。
ということは、いまだに彼は私に疑念を抱いていて、なにか彼女に入れ知恵をするのではないかと思っているのかもしれない。


「お姉ちゃん」

「…うん?」

「私ね、お兄ちゃんとココで見た雪がすごく記憶に残ってるの」

「へえ、それは、言葉に出来ないくらい、綺麗なんだろうね。」

「ええ。すごく、幻想的だったの。その後湖は凍っちゃってね? 一度淵まで連れて行ってもらったら」

「たら?」

「二人してすべって落ちちゃったのよ!」

「それ命に関わる事件じゃないかな!?」

「うん、とっても寒かったし、びっくりしたわ。けど、お兄ちゃんがね、湖に押し上げてくれて、私にコートを巻いた後に落ちた車椅子を取りに行ってくれたの」

「それ、兄ちゃん大丈夫だったの?」

「…三週間寝込む位の熱を出したわ」

「…そう」

「って思うじゃない?! それを一週間でなおしきったのよ?!」

「いみわかんない! なんでよ!」

「わたしのね、合唱会がその一週間後だったの」



眼を伏せて、とても愛おしそうに大好きな兄のことを話す彼女は、本当に強くて、優しくて、そして、可憐な少女そのものだ。
その眼に光はなく、景色を写すことは無い。けれども、彼女は思い出の中にある兄との記憶の情景を一ミリたりとも忘れたことが無いのだろう。
それほどまでに、ウォッチ兄妹の絆は深いのだと、思える。

彼女は聡い女性だ。
ガミモヅという得体の知れない者をどう捉えているかは皆目見当つかないが、たまに漂わせる雰囲気はこれからどうしたらいいのだろう、と悩んでいるようにもみえる。



「お兄ちゃんは、兄は、…レオナルド・ウォッチっていうミシェーラ・ウォッチの兄はね、そういう人なの」

「心配したり呆れはしたけど、ミシェーラはとってもうれしかったのね」



その言葉に、彼女は視線を前へ向けたまま、小さくうなずいた。


ウォッチ家の両親は、とても忙しい人だったと聞いている。
実際、ウォッチ邸にはミシェーラの身の回りを手伝うハウスキーパーの存在があった。
けれど両親の気配はとても微弱で、なかなか家に長居出来ない職業なのだろうと察しがついた。
彼女と長い時間をすごしてきたのは、そのハウスキーパーと彼女の兄、レオナルドだったのかもしれない。


「ケンカには弱いけど、私の自慢の兄なの」


だからこそ、わたしが『どこかへ』『突然』行こうとしていることに、何か勘付いているのだろう。


「いつか、会いたいわね。こんなにかわいくていい子のお兄さんに」

「今年中には会わせてあげるわ!」

「じゃあ、そんときは連絡してもらおうかな?」

「そういえば、お姉ちゃんとは連絡先、交換してなかった! 教えて教えて!」



彼女のこういう気遣いが、本当にだめな姉さんだなとたまに私をへこませるのだ…。
ああ、いい子過ぎて困るわ!
さり気無さと、その違和感の無さに、こちらが焦ってしまうくらいに。







旅立つ日、わたしはミシェーラに点字の手紙をこっそり握らせた。
空港の、一番混んでいそうなトイレを指定して。


一文だけ『待ってる』と。



【スノードーム3】


(あの変態研究者、子機まで使ってるからなー。気が抜けないのよね)
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