企画展示室

□お題募集企画セカンドシーズン
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私は、死んだ。
会社からの帰り道、すこし遅くまで仕事をしていたので先輩にご飯を奢ってもらった後のこと。
送っていくよ、とタクシーに乗せてもらい、家の近くまで送ってもらった。

そして、私は死んだ。

タクシーが対向のビームライトに目をくらませて、ハンドルを切り損ねたのだ。
対向車がこちらに突っ込んできて、それがトラックだと気がついたのは、ぶつかる直前だった。



ガラスが割れる音、金属がめり込んでいく鈍い音。
人を潰した、プシャという音。
そして迫った、死せるときの音。





ドシャ






ガシャン






目を開けば、そこは病院だった。
病室らしく、窓の外は、まだ暗いのかカーテンがかかったままだ。
ぐるりと視線をまわせば、普通の病院よりか若干殺風景で、くすんだ壁、間仕切りの無い大人数の部屋。
そこに、わたしは横たわっていた。


布団もわりと安っぽい感じ、けれど清潔感はあるのか、柔軟剤と洗剤のほのかな香りが鼻をくすぐった。
だがその香りも、あまりかいだ事が無い類のもので、首をひねった。似ているけれど、似ていない、そんな臭いだ。
そうすれば首筋に激痛が走って、声にならぬ声がノドから出た。
痛いときって本当に声が出ないものなのである。


「っ…く」


これ以上の状況把握は難しく、大きくため息をつけば、ノドに水分が足りていないのか、盛大にむせた。


「っうぇっぐぇっふっ」


品性なんてあったもんじゃないむせ方をしていれば、誰かが近づく足音。
看護師さんだろうか、と期待してみたが、視線の先、床に現れたその足は、スニーカーにコートのはじ、だぼついたズボン。
明らかにこれは看護師の格好ではない、と判断できた。
しかしこの咽はなかなかひいてはくれない。


「水がほしいのかい?」



少しばかり鼻につくしゃべりがその足の持ち主から、聞こえた。
少年くらいの声色だ。


ノドはしゃべれるほどの力を持ち合わせておらず、首を振ろうにも痛くて動かせない。
自身の喉がヒューと鳴る程度には落ち着きはしたが返事が出来ない。
困っていれば、小さくこらえるような笑いが降って来た。
水がほしいか?と問うて来た少年の声なのは分かったが、何故笑われているのか、皆目見当がつかない。
解せぬ。

抗議をしようとそのコートに手を何とか伸ばし、ぐい、と引っ張れば、おっと、とバランスを崩したのかコートの持ち主が一瞬だけ姿を見せた。
おどけた口元に、顎の形からして20そこいらだろう。


「なんだ、からかったのは謝るけれど、そこまで怒るこたないじゃねーか」



若干不機嫌な声色になった少年は、バランスを立て直す。
そしてコップに液体を注ぐ音が室内に響いた。

直ぐ近くにある小さな机らしい。


「飲め…ないよなぁ。その首じゃ」


返事に困ったことで理解をしてもらえたのか、どうしようかなぁと声を上げる少年。

確かに、コップに入った液体はなんにせよ、ストローが無ければ現状の私は飲むことすらままならない。
なんて不便な状況だろうか、と自分の事ながら呆れてしまう。


「おねーさん、ちょっと先に謝るぜ?」


声が先か、行動が先か、身をかがめた少年がコチラの視界に入ってきて、グラスに入った水を口に含んだかと思えば。


「んっぐぐぐぐぐっっ」



コレはいわゆる口移しとかそういうやつか。そうだな。そういうことか。
いや、そうじゃなくって。水差しとかないのか?無いからこういう状況になってるわけか。

至極混乱するなか、少年は私のノドに水を送り込んでいく。
若干唾液も混じっているだろうが、これはもうどうしようもない。

そういえば、これ、ファーストキスではないだろうか、と思いもしたが、これもまた状況が状況なので仕方が無い。


混乱はするが、自身の身体は相当水分を必要としていたようで、送り込まれる傍からノドを下っていき、ごく、ごくと鳴っている。



「っは…どう?」



流し込み終わったのか、少年は身体を離し、こちらに聞いてきた。
私はと言うと、最後の一口を飲み下しているところなのでしばらく待ってほしいところではあった。

なので片手で相手を制止し、待ってくれと言う意思を伝えれば、すこし驚いた表情を見せた。
その目は赤黒く、すこし血に似ていると思った。
髪は金髪。きっと地毛だろう、綺麗なブロンドだ。
それをオールバックに無理やりしている。

そんな印象を受けていれば、飲み下し終わった身体は、すこし熱を持ち、やっと身体としての機能を復活させたようだ。
首を動かそうとすれば、多少痛みは伴いはするが、視線を動かすことはできた。


体中に鈍い痛みがあちこち出始めるあたり、もしかすると身体的に死に掛けていたのかもしれない。
感覚が薄れていたってことだろうから。


「…ぁいじょぅぶ、ぁとぉもぅ」(大丈夫だと思う)


声はしばらくしゃべっていないかのようなたどたどしさで、舌自体が麻痺した感覚だ。
ぴりぴりと痛み、それも慣れれば大分生きている気持ちが戻ってきた。


「……ありが、とう」


今度は声らしい声が出たため、とりあえずはよしとする。
その言葉をきいた少年は、すこし不敵な笑みを浮かべた。


「おう、目の前で死なれたら寝覚め悪いからな」


やはり、雰囲気的にも死に掛けていたらしい。
そんなことより、このブロンド髪の少年と私、意思疎通が出来ているのだが、これはどういうことだろうか。
相手が日本語が達者なだけか、はたまた私の残念なオツムでもわかる英語をしゃべってくれているのか。


「きみ、だれ」


「僕かい?」


「ほかに、だれがいる、の」


「まぁ、そうだな。俺は、絶望王、とだけ言っておこうか」



ふひ、と口元を吊り上げたまま、少年―絶望王は声を上げて笑った。





【再び動き始めた心拍数】



(こ、こ、日本…?)
(はぁ? ここはヘルサレムズ・ロット。元紐育さ)
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