企画展示室

□お題募集企画セカンドシーズン
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うちの人狼は、己の存在を消すことができる。
俺は出来損ないだからオペレーターだけど、それはとても凄い事だって知っている。
ソレを酷使することによって、自身を世界からも消せてしまう。
そんな恐ろしい能力だ、と。


「エデン、飯行こう」
「ういっす、センパイ」


「ああーチェインまたエデンとお昼?」

実姉のエメリナ姉ちゃんに呼び止められ、振り返ればオリガさんもいた。
おろろ、こわいお二人がおそろいで。
なので俺は伝えとけば理解してもらえるだろうとふんで。


「あ、ごめん姉ちゃん。今日は野暮用もあるんだ」
「なんだ、このままライブラ?」
「ういっす。そのまま帰社するっす」


ぴし、と冗談混じりに敬礼をしてみれば、姉ちゃんとオリガさんが呆れたようにため息を吐いた。
あ、子ども扱いはそろそろやめろっていってんのに。


「はいはい、わかったわかった。今日は? ウチに寄ってくの?」
「うんにゃ、あっちの仕事がすこし長引くかも、ってことらしいから」


苦笑いをこぼし、ごめんなーと言えば、わかったわ、といつもどおりの返答。
あ、と声を上げたのはオリガさんだ。


「来週は、女子会だけど、エデン、来れる?」
「いつも思いますけど、オリガさん。女子じゃない俺頭数に入れようとするのやめません?」
「そうかしら、あなたは人狼局の中でも一番お酒に強いじゃないの。いいストッパー役だと思うんだけど?」
「女子会はいつから酒盛り会に変わったんすかね?!」

でも行きます。はい、と手を上げて真顔で言えば、オーケー!と早速場所手配に移っている。はええ…。
横目にセンパイを見れば、はよしろといわんばかりの不機嫌そうな表情。しまった。


「じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ、俺ら行くんで!」
「「きーつけてねー」」
「ういー」







「話し込みすぎ」
「サッセン」

こつんと後頭部を小突かれながら街並みの上空を跳ぶ。
たまにビルや街灯を芝にしてジャンプに加速をつければ、また高みへとあがれる。


走る跳ぶに関して、俺はチェインセンパイと肩を並べるほどの実力は持っている。
足腰には昔から自信があったのもあるし、なにより姉ちゃんが速かったってのもある。
追いつけるように追いつけるようにと鍛錬を繰り返していれば、その俊足は現在所属している人狼局でも1.2を争うものになっていた。
しかし、うちは主に諜報が重要視される部署で、存在を薄める能力の高さが現場での強みになる。

俺には存在を薄める能力がほぼほぼ皆無だったのもあり、速さだけが売りになってしまった。
そういうわけだから人狼局ではオペ役をしている。
そしてそんな俺の速さを買ってくれているのが、これから向うもうひとつの職場。




ごりゅごりゅ
ずしゃ


「ういっす、ルーガルー参上」
「こんちわ」



「涼しい顔して踏み抜いて蹴っ飛ばしてくんじゃねえよ! このクソ犬共!」


ギャンギャンと五月蝿い猿は無視する。



「チェインさん、エデンさん、こんにちわ」


「ギッルベルトさぁん!」


こんちわ、とセンパイは軽く挨拶、俺は窓辺にいた老執事、ギルベルトさんに飛びついた。


「今日の! おやつはなんですか!」


「今日はレオナルドさんが買ってきて下さるそうですから、ドーナツではないでしょうか」
「…ドーナツか…、悪くない…」

にんまりと笑いながら奇声にも似た音域で笑っていれば、そこへぽす、と頭にマグの底が載せられた。
こんなことをするのは一人しか居ない。


「ばんとー、それ、やめないー? バカにされてる感はんぱないんだけどー」

くるりと後ろを向けば、おー、と言いたげな表情のハンサム。
この職場きっての伊達男、番頭役のスティーブンさんだ。
いやぁ、悪い悪いといいながらも若干悪い笑みを浮かべているあたり、からかっているのは目に見えて明らかだ。


「ちょうどいいところにマグ置きがあるとおもったんだ」
「陰湿すぎてドン引きっす」
「失敬だなぁ、これもコミュニケーションの一環じゃないか」


あっけらかんとした表情で言われる内容は、割と酷いもので。


「それがコミュニケーションと思える人間はすくねーよ!!!!」


という突っ込みを入れざる得なかった。


「やあ、チェイン」
「っす」


そんなことお構いナシにセンパイに挨拶をすれば、すこし顔を赤らめながら答える姿が見えた。
あ、くそ、カワイイ。ずるいなぁ。

なんて内心思いはするが口にはしない。
けれどその様子を見ていたギルベルトさんは、なにやらほほえましそうな笑顔でうなずいている。
このひと、ほんとよく見てるよなぁ。


「センパーイとりあえずお昼行きましょー。挨拶もしましたし」
「えっ、う…うん」



伊達男のあの笑顔に腹が立ったのもあったから、わりかし強引にセンパイの腕をつかんで窓から外へ向う。
すこし驚いた顔をこちらに向けたが、心情を察知されないようにポーカーフェイスを決め込む。


「おうい、2時には戻れよー」


「わかってらー」


クソ野郎、とひっそりと付け足して、聞こえないようにつぶやけば、センパイがむすっとした顔でコチラを睨んだ。
睨む理由はわかってるが、こっちの身も考えろといいたい。けど言えない。
きっとそのことを姉ちゃんに言えば「だからあんたはヘタレなのよ」と言われるに違いない。



俺がセンパイに先輩以上の感情を持ったのは、あの存在が一度消えかけた事件からだ。
スティーブンさんが符蝶のためであろうとも、センパイの家を訪れたことにムカムカして、にっくき相手になったのも。
正直、あいつがセンパイから想われていることを知っているのは、なんとなく分かる。
そしてどうしてその想いに知らん振りを決め込んでいるのかも。
たぶん俺も似たような理由だ。


いつか、符蝶が間に合わず、本当にセンパイが消えてしまったら、と考えたら、涙が出そうになる。
それをきっと忘れてしまうのだろうという事実にも。

センパイは、気づいてはくれない。
俺も、こうやって傍にいられるだけで満足だったり。
その関係はきっと揺らがない。

あの伊達男が、悲観的な恋愛観を捨てるまでは…。


【揺らがない蜃気楼】
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