企画展示室

□お題募集企画セカンドシーズン
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雨の日の一人の部屋が、嫌いだった。
怖くて、怖くて、あの大雨の日を、流されていく、家族を、兄弟を、トモダチを。

なんども、何度も夢に見た。
生き残った私を、縛り付けるように、何度も、何度も。



「っ…く、や、っ…とおさ、っ、か、さ…ぇっぐ…」


嫌だ。いやだ。もう、こんな、嫌だ…。
咽び泣く自分が、一番、嫌だった。



窓を叩く、激しい雨粒の音に、目を開ければ、見慣れぬ天井と、窓と、カーテン。
上品そうな、窓枠。


ぼろぼろに流した涙の感覚が気持ち悪くて、無造作に手の甲でぬぐう。
しゅる、という音がして、自分が横になっている寝床も、いつもと違うものに気づき、寝ぼけていた頭がどんどん冷えてきた。
シルク製の、お高いシーツだ。


「っぅ…、ええと」


泣きすぎて、若干かすれ気味の声。
一瞬自分の声とは思えなくて、驚く。
いろいろと入ってきた情報が多すぎて、混乱していた。


「っ…」


ゆっくりと起き上がれば、やっと周囲を見渡す余裕ができた。
ライブラの事務所にある仮眠室とも、自分の借りているアパートメントの一室とも、違う部屋。
どこだろう、ここ。


部屋には硬そうな背表紙の分厚い本や専門書、さまざまな難しそうな本が納められた本棚。
そしてどこか落ち着く香りのする、これは、紅茶の残り香かな。
部屋の主は、紅茶がすきなのかもしれない。
しかし、この部屋、誰の部屋だろう。

いろいろと考えをめぐらせていれば、コンコンと扉がノックされる。
返事をしようとして、声がかすれて、音域として表現されなかった。
それは届かなかった。それでも扉は開く。
ということは私がこの部屋で眠っているのを知っている人物、部屋の主が戻ってきたのかもしれない。


「ギルベルト、いるか」


顔を出し、声はまだ暗い部屋に響いた。
知っている声、というより、いつも聞いている声という事実に驚く。



「…ぇと、ク、ラウス、さん?」


「!!? 起こしてしまったかね」


目を瞬かせているということは、クラウスさんも驚いたのだろう。
ここに私がいること自体には驚かないということは、この建物はクラウスさん関連の場所ということだ。
ラインヘルツ家の邸宅、なのかもしれない。
え、なんでだよ!と内心大混乱ではあるが、話を聞かなければ答えは出ない。


「ちょっと前に、起きました…。えと、あの。ギルベルトさんは、いないです、よ?」


自身の声で起こしてしまったわけではないという事実を提示すれば、安堵したようにクラウスさんは口元をほころばせた。
そして探している人物はこの部屋にいないことを伝えれば、思案するように視線をはずした。
そうしていれば早足の音が聞こえ近づいているのが分かった。


「坊ちゃま、ございました!」


すこしうれしそうな声、その声色は私がまたよく知っている人物の声で、やっとそれで安心した。
ここは安全な場所なのだ、と。

先ほどまでの夢が、まだ尾を引いているのがそれにより実感できてしまい、すこし瞼を下ろし憂鬱な気持ちが浮上する。
うれしいはずなのに、安心したからこそ、そんな言葉が脳裏をよぎる。


クラウスさんは声のしたほう、扉の外に引っ込み、扉から洩れる廊下の淡い明りだけが部屋の入り口に落ちている。
それを視界に捉えれば、どこか、切ない気持ちになった。
とっさに「行かないでください」なんて、ついて出そうになった。


廊下でなにか聞こえるが、それも遠いもので、聞き取れるはずも無い。

窓へ視線を向ければ、たまに落ちる遠い雷の稲光が激しく揺れる木々をカーテンに映し出す。
天気は、大雨から雷雨へと変わっていたのか、雨粒が窓を叩く音はとても大きい。

雷は、近くなければ怖くは無い。

一番怖いのは、雨音だけだ。



ピシャッ



「っっひ」



少しばかり近い位置で落ちたのか、幾分明るさと音が強い。
それを真に受け、肩が震え、悲鳴に似た声が出た。


その雷鳴は窓への亀裂音にも似ていて、殊更恐怖心を煽られた。


こわい、こわい。


怖くなって自身の肩を抱き、身体を低くする。


「…大丈夫ですか…ノーナさん?! どうなさったんですか!」


そうしていれば用事が終わったらしいギルベルトさんが部屋に入ってきて、こちらの様子の異変に気づき駆け寄ってきた。



カッ




一瞬の稲光



そして響く、轟音のような雷鳴。




「やぁああああああっっ、いやっ…! いやぁあ…っ!」



フラッシュバックにも、似た感覚。
夢が、私を


「落ち着いてっ、大丈夫です、一人じゃ、ありませんからっ」



ゼロ距離で聞こえた、その声に、息を吞んだ。
んっ、く。と悲鳴を飲み込んでしまった。


「かはっ…はっ…はあっあっ…」


そのせいで息がおかしなところで回り、呼吸がうまくいかなくなる。
ノドから出る咳き込みと、かすれた嗚咽。


怖さからの一転して安心へとシフトすれば、その体温の暖かさに堰が切れたようなに涙があふれた。
いつもなら、ひとりの部屋なら、こんな暖かさなんて、なかった。
一人の体温ではなく、二人でいるという、その実感は私にとってこのとき、どれほどの救いになったか。

その体温の持ち主が、ギルベルトさんだったから。


「          」


悲鳴にも、慟哭にも似たその声は、雷の音によってかき消される。
抱きしめてくれているひとの胸に、自身を預けその後悔や、悲嘆を泣き声に変えて吐き出した。
涙は、思った以上に零れていき、ぼたぼたと、布団の上におちる。
泣いている間、ギルベルトさんは優しく抱きしめながら背中をさすってくれていた。








「…ずっと、魘されていらっしゃったんですよ」


泣き声が収まり、涙も引いたけれど、抱きしめられたままの状態でギルベルトさんは、そうつぶやく。


「こわい、と。たすけて、と。独りだ、と。 とても、哀しそうに」


抱きしめていた片手は、頭へと移されて、撫でられる。
優しさがそのまま具現化したようなそんな撫で方に、また泣きそうになる。


「たくさん、抱えてらっしゃったんですね。」



そんなことない、と口にしたかった。けれど、首を横に振ることしか出来なかった。


「…貴女はいつだって明るかった、そこで気づくべきだったんだ。弱さを、周りに見せることが無い貴女に。もっと早く気がついていれば」



こんなに、なることもなかったのではないかと。本当に。


優しい声、けれどギルベルトさんは、自身に対して怒っていた。
そして、私を抱きしめる腕の力が、すこし強まっていた。


「…好きなのです」


ひっそりと告げられた言葉。消えてしまいそうな、ささやき。
聞き逃してしまうのではないかというほどの。


その告白に、なぜギルベルトさんはここまでしてくれるのか、への疑問が解消された。

私が、なぜ彼の声に安心したのかも。



「…わたしも、すき、です」



上ずる声で、しっかりと答えた。
たぶん。

気がついたら、抱きしめていたはずのギルベルトさんの顔が見えていた。


音が、突然消えたのかと思うくらい、衝撃的だった。


【雷雨は次第に和らいで】
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