企画展示室

□お題募集企画セカンドシーズン
14ページ/60ページ

彼女は、雨が嫌いです。
何故なのか、一度問うてみたことがあります。


「それってさ、ギルベルトさん、関係あるかな」



困ったように笑う彼女に、それ以上聞くことが出来なくなってしまったのです。
彼女、ノーナさんがそうして笑うときは、大抵本当に話したくない事柄が多かったので。








* * * * * * * * * * * *




今日は天気予報は快晴だと言っていた。
まぁ、いつもこの街は霧が覆い隠しているので、快晴というよりも晴れ間が見えている程度の認識だ。
それでも降水確率が15%というあたりで、安心して外出はできるだろと踏んでわたしは久しぶりの休日を楽しむことにした。



わたしの仕事は汚れ仕事だ。
といっても、人を殺すとかそういう類ではなくて、不衛生系の人種相手との交渉事のことで。
うちの職場の管制塔はそう呼んでいるそうだ。


「もしもーし? レオー? えー? 仕事中? サボれないのー? ですよねー。はいはーいがんばってねぇー」







いつも買い物に付き合ってくれている同僚は、天才なのにドクズな先輩のパシリ、もとい手伝いをさせられているため、休日返上で働いているらしい。
あらら、災難なもんね。と内心同情はすれど、手伝ってくれないかと遠まわしに言われれば、もちろん、手伝う気はさらさらない。どうせそのあとその先輩にたかられるのが目に見えている。


「ん、さて、どうしたもんかな」



賑やかさに事欠かないこの街、ヘルサレムズ・ロットの繁華街に位置する通りに来れば、いつも通りの賑わいを見せている。
今日は祝日の日曜日と言うのもあり、露店などもちらほらと点在している。
この街の住人は、大のお祭り好きなのだ。


こないだ天下の第二次大崩落が起こりそうだったというのに、のんきなもんである。
しばらくはなんもないような感じなのもあるのだろうけれど、どうもHLの住人どもは危機感が足らなさ過ぎる傾向がある。
気を張りすぎてストレスになるなら、いっそすがすがしいほどに祭りに興じるほうが吉、なのかもしれない。


人ごみを掻き分けながら何をしようか考えていると、路地裏に続く道に、一瞬、見たことがある人物がいるのが確認できた。


「チェイン?」


職場の先輩、ドクズじゃないほうのお姉さんを視界に捉えれば、人の波を横切りながら路地裏へと向う。



「ちぇーいーーん」

「なんだ、ノーナか。」

「それ、なに?」


チェインはその手にベネチアグラスと、ジノリのティーカップを比べるように持っていた。



「こないだ馬鹿が食器を割ったから新しいものを調達にね」

「そういやそうだったねぇ。 え、ジノリにすんの?」

「ベネチアグラスのデザインも、捨てがたいのよ」

「あー、わかるー。見る角度変えたら、あ、ほら。綺麗な深い青」

「本当だ。こっちにしようかな」

「割ったのはパーティ用でしょう? じゃあこっちじゃないかな。綺麗な色だしね」




ふたりでベネチアグラスを眺め、よし、と購入することに決める。
聞けばこのまま事務所に帰るらしいのでわたしも向うことにした。
やることないなら、職場でダラダラしよう。




ぽつ




「ん、雨?」
「え、うそっ」

見上げれば一過性の雨雲がこちらに向ってきているのがわかった。
はじめはしとしとと感覚が空いた振り方だったが、だんだんと強くなってきた。







:* * : * : : * : * * * ****





「その直ぐ後に、倒れた、と?」
「はい」




私の雨への耐性のなさを知っているのは、以前迷惑をかけてしまった副官くらいである。
理由はいろいろあるのだけれど、もともと、雨の少ない地方の生まれで、大きな雨の大災害に巻き込まれたこともあったというのがあったせいなのが一番だ。
そして今回、ライブラメンバー全員に知れ渡ることとなってしまった。



「本当に、ご迷惑をおかけしまして」


眼が覚めれば、そこはライブラアジトの仮眠室にあるベッドの上で。
自分が倒れたことはそれにより痛いほど実感した。
枕元にいたのは、前回同様、スティーブンさんだ。
人払いまでしてくれたのはいいけれど、結局副官からの説明と言う形で私のトラウマ話はライブラメンバーに知れ渡ることとなった。
そりゃあ、ずぶぬれのチェインが同じくずぶぬれで意識を失ってる私を担いで事務所に戻ってくれば、驚きもするし心配もする。
そして事情をしっかり把握してる人間は、唯一人しかいない。


「キミに許可をとらずに説明をしたのは、悪かったと思ってるよ」
「…しゃーないっすよ、急を要したわけですし」
「まあ、ね。」


無事でよかった、と頭を優しく撫でられれば、以前も同じように撫でられたのを思い出した。


「今回も、手持ち無沙汰ですか?」
「へ?」
「いや、意味もなくなでられたので」
「…つい、手が出た。不快だったら謝るよ」
「ええ、実に不快です」


このひとの優しさは、時折、私自身への危機感のなさを指摘されているように感じて、気分のいいものとして感じられないときがある。
そうやって表情をゆがめれば、驚いたように撫でるのをやめ、表情も眼を見開いていた。

「すまなかった」
「…謝られても、たぶん困ります」
「……」



自分が空気を悪くしてしまった自覚はあるが、これ以上、話す内容はないし、ぼんやりしていれば。


「そういえば、キミが担がれて帰って来たとき、ギルベルトさんがものすごいあわててたよ」
「珍しいですね。それ。」


「まあ、わからんでもないけど」


「なんでです?」
「キミのことが、心配だからだよ。心底、ね」


頬に指を這わすスティーブンさんの目が、やけに、笑っていなくて、うわ、という声が出た。


「スティーブンさ、ん。こ、わい」
「ん?」


笑顔だけれど、そうではない。
どこか、腹の置くからドス黒いものが。
近づく顔から、眼が離せなくて、後ずさることしかできない。


「っひ…」



コンコン


「失礼します」



ノックが二回、その音でスティーブンさんはびくりと肩を震わせた。
その後にドアの開く音と共に、ギルベルトさんの声が、するりと入ってきて、なんだか泣きそうになった。
なんか、沼に突き落とされて、冷たい視線を送られながら助けてもらえない状況に、手を差し伸べられた、感じ。


「お体の調子は、大丈夫ですか?」
「ぎゃ、あ、はっはいっっ」

静かにコチラへやってくる足音で、やっと、スティーブンさんが距離をとってくれた。
やっぱり、目は笑ってるけど、笑ってない。
私の表情をみて、ギルベルトさんは眉をひそめる。


「顔色が優れませんが…」
「や、えと、あは、あはははは…」


ごまかすように笑うが、どうだろう…。



「スターフェイズ氏、坊ちゃまがお呼びになっておられます。至急お戻りいただけますか」
「ん? ああ、そうか。わかったよ、ギルベルトさん。ありがとう」


二人はそんなやりとりをして、スティーブンさんは事務所に、ギルベルトさんは紅茶の用意を始めた。





「…あの、ありがとう、ございました」


本人は分かっていないだろうが、スティーブンさんが、あのまま近づいていたら、どうなってたのか、すこし怖かったところがあった。
だから、その重たい空気から救ってくれたギルベルトさんにお礼を言っていた。




「いえ、あんなふうに、彼に煽られるとは、思いもよりませんでしたけれど」
「へ」



【土砂降りの雨がもたらした結果】



(え…、ええ?)
(安心なさってください。スターフェイズ氏のように、強引には迫りませんので)
(…はいぃっ?!)
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ