企画展示室

□お題募集企画
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「やあ、ラインヘルツのぼっちゃん」


「……?」



「こっちだこっち、上だよ」



声をかけられたほう、頭上、というより空中に目を向ければ、そこには棒状の機械にまたがった女性。
ブロンドのウルフカットに、真っ黒なつばのひろい三角帽子。
真っ黒なトレンチコートから覗く足は紺のスーツパンツ。
首にはこげ茶色のマフラー。
そしてライブラに所属している神々の義眼を持つ少年とはすこし違う細目。


きし、と口の端を吊り上げる彼女の名は、ノーナ。
術師協会に所属する、ベテラン術師だ。
魔術を用いており、レオス設立に助力をした人間の一人でもある。
歳はわたしの師匠、エイブラムス氏よりかすこし上、と昔きいたことがあったが、そのあと彼女に殴られていたところを見ると、違うだろう。
外見はK・Kと大して変わらないのでは? と思うくらいの若さであるし、口を開けばザップのような若さも感じられる。



「いつヘルサレムズ・ロットに?」


「先月招集をかけられてね、一昨日着いたとこさ」


よっ、と。と機械から飛び降り、ハイカットブートでわたしの隣に降り立てば、片手を上げ、にししと笑う。
ノーナは、普段はHLの外を中心に仕事をしている。
どうも外から結界を維持させる役割を定期的に行っているようで、その期間を終了したり召集がかかれば街へと帰ってくる。
もともと彼女はここの住人だったようで、とてもこの街に詳しかった。


「元気してたかぁい? エイブラムスの弟子よぉ」


「ええ、おかげさまで。…ご無沙汰しております。座ったままで申し訳ない」


「いやぁ、いいのいいの。きにするんじゃないよ、まったく、そういう気遣いをしすぎるから胃薬の世話からなかなか抜けられないんだろう?」



けたけたとなんてことのないような笑いをこぼし、ぽんぽんとわたしの頭を二度三度手のひらでやさしく叩く。
そのままで大丈夫だよ、といわれれば、ほ、と内心安堵の息が零れる。
彼女に怪我の箇所がみられない、ということと、相変わらずの明るい雰囲気であることを確認できたことへの安心もある。

たまに戻ってきたかと思えば、たこ足と交戦し、ぼろぼろで帰ってきたこともままあったためだ。


「神々の義眼、手に入れたって噂で聞いたけど、どうなの」


「ごく普通の、やさしい妹想いの少年です」


「リガ=エル=メヌヒュトは、まったく困ったことをしてくれるね。いや、むしろそれこそが彼のほしいものなのかもしれないが」


「と、いうと…?」


「そうさなぁ、無欲な人間にこそ与えられて、やっと世界が動くかもしれない、という事実さぁ」



弱い人間に、万能に近い力を与える。それは、実に興味のわく研究議題だろう?

んしょ、とわたしの隣におもむろに彼女は腰掛け、一度細い目を更に伏せ、ス、とゆっくり開き、いま、この眼前に見えている街の様子に目を向けた。
その瞳の色は、きらきらと輝く薄い黄色、金色のように光るそのビロード玉のような美しい眼球は、魔術に長けた人間に付与される、魔害。
ノーナの視界に写るものすべて、魔術に変換され写るというもの。
物の綻びや、術としての理をいやおうでも見せる代物だ。

彼女には、普通の景色を見ることができず、世界のすべてが魔術に見えている。


「それを言えば、貴女も」
「あたしのコレは、害成すものだ。いいこた一個もない」



見える、それがいいことなのかと聞かれれば、彼女は否、と唱えるだろう。
その目と、彼女の力なくしてこの術師協会の結界はありえなかったのだから。



「研究が終わって、これ以上の使用用途とか? 応用? そういうの利かなかったら結局ガラクタじゃないか」

「ですが…」

「クラーウス」



吐き出すように、彼女はわたしの名を呼ぶ。
クラウス、と呼び捨てるときは、苛立っている証拠だ。
さすがに、くどかっただろうか。



「あたしのこと、かってくれてるのはよっくわかってる。だけどね、クラウス、現実、現状、あたしは街の外にいないと、どうにもなんないんだよ」


わかってるだろ…?

すこし乗り出し、膝に頬杖をつく彼女は、忌々しそうに目を再び伏せる。
そして、しばらくお互いが黙っていればばつが悪そうに口元をへの字に曲げるノーナ。


「…、ごーめん。言い過ぎた」



その表情に、心当たりがあったので、内心もやり、と胸の奥がざわついた。


「召集されたのは、……再研究の通達ですか」
「……半分あたり、半分はずれ」

「では、一体…」


「霧の中心核に入らないかってさー」

「……どういう」


「その力を、結界にささげて来いってことらしいのよね。馬鹿じゃないのかしらね、異界の偉い連中は」


それって、ここ守ってる結界を弱めるのと同じいみなのにさぁ。と大きくため息をついた。
その言葉に、一瞬息が詰まった感覚を覚え、なにやらこみ上げるようなものを感じた。
ずずず、と、ぐぐぐ、と。


「…でもさ、大好きな街に、定期的にしかかえってこられないより、ましなのかねぇ」


こちらの様子に気がついていないのか、思いつめているせいなのか、そのままボヤキを続ける彼女。
わたしはタイプしていた指を、手のひらに力強く丸め込んでいることに気がついた。


「どうして、あなたが、そんなことを…」


必死に心を静めようとしながら、途切れ途切れに聞けば、彼女は笑った。



「だって、魔力だけの出来損ないなんて、有効活用する以外、使用用途ないじゃないか?」



がたっ



ノートパソコンを傍らに壊さぬように出来る限り気を使い置き、立ち上がれば、さすがにこちらの異変に気がついたのかおっかなびっくりという表情で彼女はこちらを見上げた。


「どぉーうしたぁ、ラインヘルツっ…っっっぃ」


ノーナの両腕をつかみ、こちらを向かせれば、若干痛みに表情をゆがめたのが見えた。
しまった、と思っても後の祭りで、困ったように眉をひそめ、どうした?とやさしく聞いてきた。


「そんなに、怒ってるのも、久しぶりに見たな。クラウス…。言いたいことがありそうな顔をしているよ?」
「貴女はっ……。貴女は…、人間だ…」
「うん、そうだね。」
「使用用途、などと、言う概念で、貴女を、ないがしろにする貴女は…」
「……っ」


蔑ろ、という言葉に、彼女は表情を強張らせた。
自分が、何を口にしたのか、その重大さにはたと気がついたという、顔。
そして、それを取り繕うかのように、彼女は笑った。


「あはは、そうだね。…あはは……ごめんな。クラウス」


「謝ってほしかったのではないのだ…。もっと、自分を大事にしていただきたかった…」

「うん。そうだね…。でもその時期は当の昔に越しちゃったからさ」
「それでも…! わたしは、わたし自身が…! あなたに…」
「ありがと、クラウス」


へら、と笑う。
わたしの腕の中で。彼女は、諦めにも似た笑顔で。
遅いんだよ、全部。と小さくつぶやくのを、聞いてしまった。


ピロロロピロロロ



間が空いたと思えば、着信音がその空気を切り裂き、ノーナは携帯に出る。


「はい。…あ、はい。……はい、…はい。そう、ですか…はい、ではいつもの場所に? …はい」



表情から察するに、協会からだろう。
わたしはその携帯を取り上げた。


「お話中のところ大変申し訳ない。彼女はライブラのほうで預からせもらう。そのことに関してはなんとかできるかと。彼女の気持ちを踏みにじっておきながら…では」



ぴっ


「…ちょ、クラウス?! いまなにしたの!?」
「……。途中で切るという暴挙をしてしまった…、なんてことだ…」
「ちょっとぉーーーー!?」



え、ちょ、ええ?とうろたえる姿を傍目に、取り上げた携帯を握りつぶす。
小気味よい音とともにくしゃりとつぶれたソレを彼女に渡せば、顔面蒼白、脳内真っ白という顔。


「…ええ…えええ?」
「そういうわけだ」
「わっかんない! 今なにしたか、むしろキミ、わかってんの?!」
「…、貴女こそ。これから自分の身に何が起こるのか、わかっているのか?」



ぐ、と言葉に詰まるノーナ。
分かっているからこそのとても苦しそうな表情を出す。
視線をその後そらすあたり、罪悪感は感じている、ようだ。


「…死ぬ」


ぼそりとつぶやいた口元は、不本意そうだ。



「だから、…貴女には、そうなってほしくない」
「だからって…」
「くどいっ! 貴女は死にたいのか?!」

「っひ…、そんな…いや、死ぬために生まれたわけではない、し…」



いや、だな。とつぶやき、視線を下げる。






「なら、ここにいてほしい」






「…もうそういうことに、したんだろう?」


すこしばかり拗ねたような声で聞かれれば、ふ、と口元が緩む。

「では、歓迎パーティの招待状を作らねばな…」




【ニュース】


(携帯の弁償、してくれるんだろうな…?)
(もちろんだとも)
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