企画展示室

□お題募集企画
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仕事のし過ぎで、スティーブンさんが風邪を引いた。
氷を使う能力者だが、やはり崩すときは本当に体調を崩してしまうのだろう。
それでも、仕上げないといけない仕事があるから、と執務室に一人篭っている、と言う現状である。
無理にでも部屋から出そうとクラウスさんもいろいろやったが、5徹目で体調を崩している精神状態のスティーブンさんは凄かったらしい。


「で、どうしてあたしが」

「きみはスティーブンと親しかっただろう。同僚ではなく、友人としてのきみなら…あるいは」


む、と言葉に詰まる。
まあ、確かに、プライベートとかの吞みによく連れ出されたりはしますけど…。
困ったなぁ、と思いはしたが、ここまでクラウスさんが参ってしまっているということは、よっぽどなのだろう。

「…何ができるかわかりませんけど、あたしなりに休ませてみます。それでいいですか?」
「うむ。私は彼に休息をとってもらいたいのだ」
「それは、…あたしも同意見です」







とは言ってみたけど、こ れ は 、 予 想 で き な か っ た な ぁ ・ ・ ・ 。

「執務室の入り口から既に、なんか冷気が、すごいんだけど…」

自身の熱を抑えるためなのか、はたまた能力の熱暴走ならぬ冷暴走…か。
とりあえず、いろいろ準備はしたつもりだ。
なんだろう、氷属性のラスボスに挑む準備をしてるかのような感じだった。

うん、間違いはないはずだ。
この状況みたら、改めて準備をしてよかったと思う。
自身の対策もきちんとしておいたのは正解だったようだ。
きっと中は氷漬けなんじゃないだろうか。と頭を抱えたくなる。


「はぁ、…じゃあ行くか」


ぎぎ…


氷のせいで若干あきにくくなっている扉、氷のように冷たいドアノブをひねる。


ぱきぱき、と凍った破片が零れ落ち、最後に入室したクラウスさん後にさらに冷却が進んでいることが窺い知れた。
うわぁ、大丈夫かな…。


「しつれいしまー…す…?」


密やかな声で言葉をつむぐ。
顔を覗かせれば、外との気温があからさまに違うのがわかった。
声を上げるだけで、白い吐息が生まれた。

「さむ…、ふあ…」


ぱきり、ぱきり、と室内に入り、静かに扉を閉める。


「スティーブンさーん…?」


少し声を上げて名を呼ぶ。
しかし、氷で覆われた室内に虚しく響くだけで、返答はない。
寒すぎて、感覚がなくなりそうだ。
もってきておいたコートを羽織り、マフラーを首に巻く。


「…すごいな…これ」



カチンカチンになっている室内。
風邪を引いた友人は、見当たらない。
え? いないの?


「スティーブンさん?」



「ぅ…」



静かに、うめき声が聞こえた気がした。
どこだ?ときょろきょろすれば、デスクの裏に倒れているスティーブンさんが見えた。


「スティーブンさんっっ、大丈夫ですか!」

「ぅ…、ノーナ…か…? 平気、だ…」
「平気なヤツが、そんなとこに倒れてるわけないよねぇ!?」


ああ、もう…、と肩に触れれば、熱くて、とても冷たい。
やばいやつだ。これ。


「…おばか。仕事、終わったの…?」
「あと、すこし…、やらない、と」
「無理してでもやるのね…」


そりゃあ、そうだろ…と弱弱しくつぶやく彼。
確かに、そういった仕事はスティーブンさんが一番効率よくできる。けれど、ソレに甘えてまかせっきりっていうのも、どうかとも思う。
手伝います。と言えば、いい。と。

「なら、せめて、もう少し暖かい格好してください。風邪引きなんですよ?」


実費を出して彼のコートや防寒具を用意してきた。
せめて、コートとマフラーくらいは、と差し出せば、わかった…と渋々うなづいた。

「それと、これ。日本では風邪を引いてるときはコレが一番です」

生姜湯をポットからマグに移し、デスクに置く。
ちょっとでも、温まってください。と言えば、…悪いね。と珍しく弱音を吐く。

「…ホントは休ませたいとこですけど。それじゃ、クラウスさんとやってること変わんないですし。納得しないでしょう?」

「よく、分かってるじゃないか…」

「はい、しゃべってないで手を動かすんでしょ。早く終わらせちゃってください」

「…ああ」



コートを着、マフラーを巻いたのを確認すれば、あたしは持ってきた小型ストーブをつける。
着込んでいても、寒い。はぁ、と息をつけば、まだ白い息だ。
こぽぽ、と自分用に用意したココアをポットコップに注ぎ、口につける。
あまい、ほろほろととろける甘さが、冷えきた身体に溶け込んでいく。
ココア粉多目にしといてよかった…ほんとうによかった。


ほお、っと息を吐く。


ちらりと彼のほうを見れば、ほおにまだ氷が張り付いている。
…死ぬんじゃないわよ…?
それを払うこともなく、ひたすら仕事をしている。


「…あ。」


マグからの湯気が途絶えている。
注ぎに彼の元まで行けば、頭がぐらぐらしているのが分かった。


「生姜湯、おかわり、そそぐね」

「ん、すまん」


少し顔色がよくなってきている。
ソレを確認し、よかった、と息をつく。

「終わりそうですか」
「なん、とか」


生姜湯が効いてきたのか、汗をかき始めている。
しんどさが表に出始めているあたり、そろそろ危ない。


「…、よ、し」


おわった、というかすかな声。
書類のはんこはあたしが押す。

「クラウスさんに渡してきます」
「…たの、む」



滑らないように気をつけながら執務室から大急ぎであたしはクラウスさんのもとへ書類を抱えて向かった。










「もどりまっ、うおおあわ、スティーブンさん!?」


戻った途端、彼の周りだけ氷の膜ができていた。
さすがのあたしも面食らう。


「ちょちょちょ、大丈夫ですか!」


駆け寄れば、意識がないようで焦った。

がば

その瞬間、彼はあたしに抱きついた。








「つっめた! なんですかっ、起きてたなら…」
「はぁー…、っは…肩、貸してくれ…」


当てられたおでこはとても熱く、沸騰してるのではと錯覚するレベルだ。
あたしは二つ返事でうなずいた。


「飲み物、助かった…」


肩を貸しているとき、ぼそりとつぶやいた言葉。
その言葉がうれしくて、少し照れた。


「よかった。一時はどうなるかと思いました」
「すまん」


「でも。熱が出始めてよかった」

安心しました。と言えば、ありがとう、と返ってきた。
今日はやけに番頭さんは素直だなと内心驚いている。



「このまま、治ればいいですね。治るまでは強制的に休ませるって言ってました」
「それは、困るなあ…」
「言うと思ってました。だからしばらくは補助であたしも手伝います」
「…ん、悪いな」
「手は多いほうがいいですしね」



スティーブンさんをなんとかソファにつれて行けば、あたしも巻き込んで倒れこむ。

「こら、スティーブンさん。あたしまで巻き込ま」
「やっと、思い切り触れられる…」
「っ…ぇおっ…」


近い、顔、近い。
熱い、首、熱い。


「は…、さすがに、親しき仲にも礼儀あり、だぞ。スティーブンさん」
「なんとでも、言え。こちとら、しばらく篭っててお前の顔、見れてなかった、んだ」


それで、抱きしめるな、はきつい。


顔は、見えない。
首元でそんな言葉を聞けば、ドクンと心臓が跳ねるのが分かった。
いやいやいや! いままでそんなそぶりさえなかったじゃないか! あれか! 錯乱状態か!と内心パニックである。
こっちまで、首が熱くなってくる。


「んっ…、熱いっ、離れて。ね、スティーブンさ…っ」

ぇろん

首筋をつめたい舌でなめられる感覚に、背筋がぞぞぞ、と逆立った。
え、このひと、なにして。

「いつまで、さん呼びだ。」


黒くて、重たくて、低いトーンの言葉が、降ってきた。


「…、…はー、阿呆なこと言わんといてください。風邪に浮かされてるんじゃないですか?」


あえて、突っぱねるように言葉を返す。
そうすれば、がばりと起き上がり、熱で潤む瞳と上気した表情で、こちらを押さえ込む。
痛い。


「そんな、泣きそうな顔しないでください」


泣きたいのは、こっちのほうだ。と。


「疲れてるんですよ、スティーブンさん。……寝てください」

「ふざけr」



「そういうことは、熱に浮かされていないときに、聞きたかったです」

ふざけんな、はこっちのセリフだ。バカ。といってやれば、やっと静かになった。


「…だから、早く治してください。」


「善処、しよう」


うなづきながら、彼がねだるように唇を求めてきた。
ばかやろーと言いながらうまく逃げれば、心底残念そうにうなだれていた。
寝ろ、この野郎。



きっと、いま、凄く顔が赤い。



【風邪】



(死ね、この天然エロたらしめ)
(ひどいなぁ…)
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