かいたもの*

□プライドと天秤*前編
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ルッツの額から流れる血が止まらない、そこまで深い傷なのだろうか。
鮮血が、傷口からぶくぶくと泡立ち、止めどなく溢れだす。



流れ続けている。


*


しばらく滞在していた協会集落を後にし、ルッツ、テオ、シェリルの三人はギスレムの宿に向かっていた。

太陽は沈みかけ、オレンジの光が荒廃した街を照らしている。
三人が横になって歩くものだから、三つの細長い影が道に綺麗に伸びていた。

「用は済んだし、準備も万端だなー!」

「そうね、明日のテスタへの移動も大丈夫そう」

「アレクさんと、マーシアさん…ヴェルハルトさんも、もう宿に着いてますかね?」

「依頼次第だなあ…まあ、お使い程度みたいだったし、あの三人ならさっさと済まして宿に着いてるだろーな」

砂埃が混じった、心地よいとは言い難い風が三人の頬を掠めていった。

明日にテスタへの移動を控えていたため、準備をするのに協会集落に訪れていたルッツら三人の他に、アレク、マーシア、ヴェルハルトはギルドの依頼を受けており、その後全員はギスレムの宿で落ち合うことが決まっていた。

「あ、シェリルに似てる」

「…え?」

突然のルッツの言葉に、シェリルが訝しげに彼の指が指す方向を見やった。

「…なにあれ」

シェリルの目線の先には、背の高い電灯の頭にとまる一羽の鴉。
その羽はボサボサで不格好、そして何故か異様に太っている。

視線を元に戻すと、ふるふると肩を震わせ、笑いをわざとらしく噛み殺すルッツ。
その横でテオが目を細め、呆れたように彼を見つめている。

「…はあ!?似てないからね!?バカじゃないの!あーもうホントに発言がガキ、うっざい!!」

「にゃ、にゃにおっ!?ちょっとしたジョークだっろ、じ、よ、う、く!!」

「言っていい冗談と、言っちゃダメな冗談の区別がつけられないってとこがガキなのよ!!」

「も、もーう、やめて下さいよ二人とも!」

二人の痴話喧嘩が始りそうだと身震いしたテオは、必死になって彼らの仲裁をする。

「…僕は、ルッツさんが悪いと思いますっ!女性に「鴉に似ている」はすごくシツレイだと思います!」

わずか10歳の言葉にううんと汗を滲ませ唸るルッツ。

「けどよー…」

ぶすりと黙りこむルッツの姿に、シェリルはにやり目を細め勝ち誇った表情をする。

「さすが天才カーディストテオ、分かってるネ」

振り返ったシェリルの、普段と違う無邪気な笑顔とルッツのふくれっ面があまりにも対照的で、テオも思わずくすりと笑ってしまった。

ルッツが面白くなさそうに唇を尖らせ、道端の石を蹴る。

「ちぇー、似てると思ったんだけどなあ〜」

「なんか言った?」

「な、なんでもありまへん!」

ろくに舗装されていない道路の真ん中で、ぎゃあぎゃあとくだらないことを言いながら、少年少女は確実に宿へと歩みを進めていた。


鴉の瞳が三人を捉えている。
夕日が、影と光の濃淡を残酷なほどに街に映しだす。
もうじき夜が訪れる。
ばさり、不格好な一羽の鴉がギスレムの空に飛び立った。


「あ」

しばらくしてから突然、歩みを止めたテオが首だけを微かに曲げ、道の横にそびえるビルの隙間の路地裏を見やった。

「ん?テオ、どうし…」

そこまで言ってルッツが息を飲む。
シェリルも同様だった。

彼らの視線の先には、紅い跡があった。
正確には路地裏の奥に続く、一本筋に見える…血の線だ。
石畳の凸凹に波打ち、ときどき掠れながらも延々と奥に引かれている。
ビルの陰でどす黒く見えるそれは、光を浴びればぬらぬらと輝いただろう。

「…血、か?」

ルッツが眉をひそめる。
異様な空気に彼の肌がわずかに慄き立つ。

「そうみたいね、血の匂いがする。…しかもまだ新しい…」

シェリルはまつ毛を伏せ、腰のホルスターに仕舞われているリボルバーを軽く触った。
昔のギスレムの生活が彼女の脳裏をかすめ…ろくな結末が待っていないことを確実に悟る。

「なんにせよ、早く行かなくちゃ」

テオが、震える声で小さく叫ぶ。

「誰かが、殺されるかも---!」

幼い少年の決心に対してルッツはもちろんだ、と応じる。
なにかの間違いだと良いのだけど、とシェリルも賛成した。(昔の彼女では考えられないことだが、彼女はアレク達の出会いで何かが確実に変わっていたのだ)

正義の炎を胸に宿す彼らは…恐れを知らない彼らは、闇をこびり付かせた路地裏へと速足で進んでいく。
生々しい、紅い道標を頼りにして…。


*
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