世界一初恋 短編

□夫婦の日(家族の日)
1ページ/2ページ

「・・・さん!お父さん!」
「ん?ひよ?朝か・・・ふわっ、昨日はソファーで寝ちまったのか・・・」

起きると目の前には娘の日和がいて、ふと自分の体を見ると掛けた覚えのない掛け布団がかかっていた。
多分横澤かひよが掛けてくれたのだろう。

「お父さんやっと起きた!おはよー」
「おはよーひよ、この掛け布団かけてくれたのひよか?」
「ううん違うよ、“お母さん”じゃないかな?」

・・・・え?
今、日和は何て言った?

「ひよ、今・・・」
「お母さんーお父さん起きたよー!」

確かに今、日和はお母さんと呼んだ。
いや、そんなはずはない。
だって、桜はもう―

「ありがとう日和、じゃあこれお皿に盛って運んでくれる?」
「はーいっ!」

台所から日和の声ともう何年ぶりかに聞く桜の声・・・そしてその桜が俺の目の前に姿を見せた。

「おはよう禅君、そんな所で寝てたら風邪引いちゃうわよ?朝御飯もうすぐできるから早く顔洗ってきてね」

目の前にいる桜は生前と変わらない姿でいつも着ていたエプロンをつけて、いつもの笑顔で俺に話しかける。

・・・こんなことありえるはずがない、これは夢だ・・・
そうだっ横澤は?そら太は?
確かに昨日ここにいたはず

だが辺りを見回すがそれらしき姿はない。
父親の挙動不審さに日和が気づき近寄ってきた。

「お父さん?どうしたの?」
「・・・なぁひよ、横澤とそら太はどうした?帰ったのか?」

桐嶋の言葉に日和は首を傾げた。
「??だぁれ?家にはお父さんとお母さんと日和しかいないよ?」

・・・嘘だろ・・・日和が横澤とそら太を知らない?
そんなはずはないっ日和はあの二人が大好きだった。知らないはずはっ!

「日和ー、朝御飯できたから机に運んでね」
「はーい」

・・・何度見てもあいつは桜で、夢にまでみた母親と成長した娘の会話が目の前で交わされている。
何年ぶりに食べる桜の作った料理。
食卓には楽しそうな母と娘の笑顔。
どこにでもある普通の家庭の風景。
もし桜が生きていたらこんな生活が毎日のように訪れていたのかも知れない。

・・・けれど。

『お父さん見て!お兄ちゃんが髪の毛結ぶのやってくれたの!』
『よかったなひよ、かわいいぞ』
『初めてやったから上手く出来たかわからないがな』


『はいっ!お父さんとお兄ちゃんとそらちゃんにプレゼントー!』
『お、マフラーか?ひよが作ってくれたのか?』
『うん!初めて作ったからちょっと失敗しちゃったけど、一生懸命作ったの!皆でお揃いだよ!』
『ありがとうな日和、大切にするよ』
『うん!!』

自分の家なのに横澤のいない風景がとても寂しく見え、まるで違う世界のようだった。



「禅君?」

桜に名前を呼ばれ、気がつくと先程までの光景とは変わりその場には俺と桜しかいなかった。
桜は何も言わず俺の方を向いて儚げに笑っている。
まるで俺の思っていることがわかっているかのように。

「・・・桜、お前は・・・」
桐嶋の言おうとしてることがわかっているのか桜は俯いてしまう。

「・・・・・・一度でいいから・・・」
「え?」
「一度でいいから・・・夢の中でもいいから
禅君と大きくなった日和と過ごしたかったの・・・
禅君を起こして、日和と朝御飯を作って三人で食べて・・・私が生きていたらもっと二人にいろいろしてあげられたのに・・・」

夢は人の願望だというけれど、これは桜の願いだった。
愛する旦那と愛する娘と一緒に過ごしたい―
もう現実では一生叶うことのない、たった一つの願い。

「日和にももっとたくさん一緒にいてあげたかった、料理を教えたり、髪を結んだり、お洋服選んだり・・・
現実ではもう叶え、られない事だから、せめて、夢の中でもいいっ・・・
二人と一緒に居たかったの・・・」

桜の瞳からポツポツと涙がこぼれ落ちる。
妻の言葉に俺は何も言えなかった。
その代わりに桜から驚く言葉が発せられる。

「・・・・・・いい人だね『横澤君』」
「え・・・」

どうして桜が横澤の名前を・・・

桜は涙を止め、ニッコリと笑う。

「見てたから知ってるよ?横澤君がどんな人で、どんなに禅君と日和を大切に思ってくれているか・・・どんなに二人が、横澤君のことを大好きか・・・
私ね、禅君に会えて幸せだったよ、たまには喧嘩もしたけど毎日楽しかった。
日和も産めて、一緒に成長は見れなかったけどあんなに元気に優しく育ってくれて嬉しかった・・・
夢だけど少しの時間だけど・・・この家で三人で過ごせて本当に幸せだったっ
だから、今度は・・・その幸せを、横澤君と三人で、過ごしていってほしい」
「っ!!」

私が二人からもらった幸せ・・・
楽しい事や辛い事や嬉しい事や悲しい事を
これからは横澤君と三人で過ごしていってほしい。
ずっと見てきたからわかる・・・
この人達ならなにがあっても大丈夫だって。
私の一番の幸せは、大好きな人達がずっと笑って幸せでいてくれる事―

「・・・桜・・・」
「?」
桐嶋は真剣なまなざしで桜に告げる。
「今の俺には横澤が必要なんだ・・・
これからもあいつと日和と一緒に過ごしていきたい、横澤のいる今の生活が俺にとっての幸せだから・・・」

わかってるよ・・・でも、やっぱりちょっと寂しいな・・・。

「けどお前を忘れるわけじゃない。俺は今でもお前を愛してる。それはこれからも変わらない、お前も俺にとって大切なやつだから。
・・・桜・・・日和を産んでくれてありがとう。
俺と結婚してくれて、出会ってくれて・・・ありがとう―」

『桜!』
ふと、生前に自分の名前を呼ぶ桐嶋の声と笑った顔が脳裏をよぎる。

・・・あぁ・・・この人を好きになれて本当によかった・・・一緒になって、本当に、よかった・・・っ

桐嶋の言葉に桜はまた涙を浮かべ満面の笑みで笑った。

「あのね、今日禅君にどうしても会いたかったのっ」
「今日?」
今日ってなんかの日だったか?
クスクス
「だって今日は『――――』だから」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ