獅子事変

□阿吽と
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草木も眠る、丑三つ刻。
今宵は新月で、獅怒の煌めく毛並みは闇夜に紛れている。
今日は阿吽と称される田噛と平腹と任務だ。
実はこのセットで任務をするのは初めてではなかったりする。
何度か小さな任務で合流した事があり、その度に平腹を囮に獅怒か田噛が名誉を勝ち取った。
田噛はたまたま捕まえた、というのが大半だが。
そして今回も同じく、ドタドタと遠くで鳴り響く足音に感謝し、姿勢を低くして四肢で静かに歩く。
今回のターゲットは怪異だ。
説明では小さいとあったが、子供ではないらしい。
子供でないならどんなのだろうか、と獅怒はワクワクと弾む気持ちを抑えて捜す。
元はこの怪異、廃屋に棲む幽霊で、肝試しにやってくる人間に小さな悪戯を仕掛けるだけだった。
しかし時代と共に遊んでくれるものが居なくなり、寂しさで悪質な悪戯を仕掛けるようになったようだ。
部屋に餓死寸前まで閉じ込めたり、幻覚を見せて自殺させたり...確かに過ぎる内容だと、最近になって死の種類を覚えた獅怒ですら捕縛案件だと頷いた。
「何処だよーーーーー!!!!」
遠くで平腹がイライラと大声をあげている。
(本当に何処にいる...?)
平腹の苛立ちに伝染して、獅怒の姿勢も高くなっていく。
もう数時間も探している。
なのに、姿はおろか、影すらも見えない。
もう一層の事、咆哮を上げて炙り出してしまえばいいのでは。
そうだそうだ、そうしよう。
我ながら名案だと口角を吊り上げ、尾を嬉しそうに揺らしながら田噛たちの元へ戻った。
その背後を、何かが後を付けているとも気付かずに。
「田噛」
「なんか見つけたか?」
「何にもない。だから、吼えようと思う」
「ほ?何?おびき出すのか?」
「うん。出てこないなら、挑発か怯えさせることができれば出てくるんじゃないかなって」
「...いや、その必要はない」
「なんで?」
「後ろを見ろ」
「あーー!!なんかいる!!!」
戻ったはいいが、吼える必要は無かった。
言われた通りに後ろを向くと、そこには目のラリったピ○ミンのような怪異がいた。
後を付けていたのは、こいつだったようだ。
若干震えながらこちらを見つめるピクミ◯を見て、田噛が平腹と目を合わせた。
あれか...そうみたいだ...よし、目の前にいるならさっさと捕まえてしまえ。
目が爛々と輝く相棒に溜息をつき、面倒を増やさないように手回しぐらいはするか、と得物を肩に乗せた田噛が、何やら獅怒の様子が変な事に気付いた。
平腹も気が付き、驚いた顔をした。
勝負に負けてもいないのに目をかっぴらき、毛という毛が逆立っているのだ。
喉から絞り出すような唸りも聞こえ、バキリと手が音を立てて変形していく。
「おい!」
今までの任務ではこんなことは無かったはずだ。
獅怒の異常状態に焦った田噛は、肩に手を置くことさえも恐ろしい彼女に声をかけた。
幻術にかけられて殺されたらたまらない。
「あいつがいる...!」
「は?」
「そこで気色悪く笑ってる奴!見えてるだろ!」
「いや、俺にはラリったピク○ンが視える」
「お前、幻術にかかってるな?目を醒せ。今日の任務対象しかいないぞ」
どうやら、獅怒と田噛たちは違うものを見ているだけのようだ。
過去に何あったのかは二人は知らないが、ここまで怒っているという事は相当な事があったのだろう。
「返せ...返せ返せ返せぇぇえええええええ!!!!」
怒る獅怒を落ち着かせようとする暇もなく、彼女はド、と床を抉って飛び出した。
咆哮がビリビリと空間を震わせ、変形して更に殺傷能力の高くなった手が、怪異を引き裂こうと振りかざされる。
しかし、その手が怪異に届く事はなかった。
「ァ、ッガ...」
獅怒をラリった目で見据えながら、小さな小さな腕を持ち上げ、振り下ろした。
するとどうだろう。
空中に飛躍していた獅怒の身体が、その場の床に垂直に叩きつけられた。
身体がべたりと床に張り付き、まるで何か重石を乗せられているようだ。
実際、彼女は苦しそうに呻いている。
本人は起き上がろうと足掻いているが、田噛たちから見ると動いている気配がない。
「な、何が起きたんだよ...?」
流石の平腹も、ヤバイ事を察知して尻込みする。
その様子を、怪異は相変わらず震えながら見ている。
違った点といえば、背筋が凍るような薄気味悪い笑いが微かに聞こえてきたこと。
「(...あいつ、笑っていやがる?)」
ふと、冷静になろうと深呼吸した田噛が笑い声の正体を突き止めた。
そう、笑い声の主は怪異。
震えているように見えるのは、笑っていたからなのだ。
恐らくこの笑い声は聞いてはいけない。
ちゃんと聞こうとすると思考がグラつき、フツフツと得体の知れない怒りが湧き上がってくる。
その感情を頭を振って無理矢理追い出し、平腹を見やる。
彼は持ち前の馬鹿を発揮して、笑い声に全く気付いていなかった。
突然頭を振った田噛を不思議そうに見ていたから、ツルハシで殴っておいた。
「平腹、俺は逃げる」
「ほ!?」
思った以上に面倒だと判断した田噛は、平腹に全てを押し付けて逃げた。
突然の事に平腹は驚いた。
今まで寝る事はあっても、逃げる事はなかった。
「...そっか!」
もしかすると、田噛には何か策があるのだろう。
しかし平腹は空っぽの頭故、任務を丸投げされた事しか分からなかった。
これも田噛の策なのかもしれない。
「じゃあアレは俺の独り占めだな!!遊ぼーぜ!!」
丸投げされる事に慣れている平腹は、早速怪異に飛び付いた。
ついでに獅怒を縛り付けているやもしれない何かを壊せるのかでは、とちょっとした期待を持って。
しかし、シャベルが彼女の頭上の空を切っても何も手応えはなかった。
幻覚にしては完成度が高い。
「ひら、は...ッ」
「ほ?何だ?」
「に、げ...」
「やだ!!!任務だからな!」
「グ...」
ぐらぐら。
獅怒の視界が、平腹の足の振動に合わせて揺れ、霞んでいく。
幻術の大岩に押し潰されて呼吸が浅くなり、酸欠となったのだ。
しかし怒りで幻術から抜け出せず、獅怒はそのまま意識を失った。
対して平腹は、己の得物を紙一重で避ける怪異に青筋を立てていた。
「ウガーーー!!!お前ウゼェーーー!!!!」
苛立って大声を発した。
すると、それが合図となったのか、怪異の立っている床からいくつもの鎖が飛び出した。
咄嗟の判断が遅れた怪異は、飛び退くことすらできずに鎖に絡め取られた。
「田噛!!」
「玄関にいる。早くしろ」
「ほーい!」
逃げたふりをして実は機会を伺っていた田噛により、怪異の捕縛が成功した。
苛ついていた平腹は田噛に指示されて一息吐き、獅怒を振り返った。
幻術は解かれている筈だが、指一本動かない。
口元に手をやるとまだ息はあり、生きていることが分かった。
よし、と平腹が一度腰に手を置いて気合を入れる。
力の入っていない身体を抱き起すのは難しい。
しかも獅怒は重い。
いつもの様に片腕で引っ張りあげるのは少し難しいのだ。
まずは上半身を浮かせ、足を曲げて座らせる。
そして獅怒の腕を平腹の首にかけ、尻の下に左腕を差し込んだ。
この時尻尾を挟むと反射で頭をかち割られるので、平腹にしては慎重に差し込んだ。
抱き上げる際、人形のようにぐらぐらする身体を右手で支えれば、後はもう簡単。
身体は小さい方(平腹にとっては)なので、片腕で抱き上げるのは造作もない。
片腕だけでも空けておきたい平腹には丁度いい抱き方だ。
「田噛ぃーー!!」
「あ?死んだのか」
「背中潰れてるけど生きてるぜ。気失っただけ!」
「そうか」
帰ろう、とどちらともなくそう言い、平腹は館へ、田噛は閻魔庁へと足を運んだ。
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