荒神狂想曲

□決意
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目が醒めると、私はソーマの部屋にいた。今の時間は夜のようで、真っ暗で何も見えなかった。ただ、ソーマだけハッキリと見えて、ソファで布団にくるまっている。あどけなく、そして年相応の色がある顔が露わで、吸い込まれるように薄く開いている口にキスを落とす。
「さよなら」
目から雫が一粒、ソーマの頬へ落ちた。もう会えないかもしれない。もし会えたら、その時はアラガミに堕ちた姿だろう。
そんな姿は見られたくないから、遠くへ行こう。誰にも会わない、遠くへ...。


ドッと心臓が大きく波打つ衝撃で目が覚めた。部屋にはアリアの匂いが充満し、唇に触れた柔らかい感触が残っている。そして耳に木霊する、さよならの四文字。心臓が鳴り響き、息が詰まり冷や汗が流れる。ゆっくりとソファから体を起こすと、机の上に目が止まった。
コップと、たまに飲むビールとレーションとジャイアントトウモロコシ。それに混ざって置かれている、一つの腕輪。自分の腕輪は間違いなくついている。なら、この腕輪は...?
恐る恐るそれに指を触れる。触れるとより一層アリアの香りが強くなった気がした。もしかして、と主人を無くした腕輪を手に取り、鼻に押し付ける。
「...間違いない、アリアだ」
匂いで確信した俺は、バッと布団を跳ね除け、シャツと短パンだけの薄着でサカキのおっさんの研究室に急いだ。夜間のラボは薄気味悪く、壁の白さが際立つ。奥の研究室のライトは付いておらず、おっさんは不在、もしくは寝ている。
端末を鳴らしても繋がらない。これは寝てるな。
「クソッ...!」
悪態を一つ吐き、Uターンしてエレベーターに乗る。部屋に戻り、端末を手に取る。連絡先を見て少し躊躇したが、出張でヨーロッパにいるなら都合がいい。
「アリアが消えた」
端末の向こうで絶句している親父に、さっきあったことを包み隠さず話した。親父はアリアを本当の娘のように想っていた。相当なショックだろう。
『...腕輪が単体でそこにあるという事は、捜査も何も出来ない。...そしてアラガミ化の事実だ』
「俺はアリアがどうなっていようと探す」
『...私も、出来る限りの協力をしよう。彼女はマイケルとリリーの宝物だ。必ず、連れ戻さなければ』
大きなため息が、端末から聞こえた。アリアの両親に何て言うのか考えているんだろう。端末が切れ、ソファに腰を落としてため息を吐く。なぜ急にいなくなったのか。なぜ腕輪を外したのか。
重い気持ちでソファに沈み込み、腕輪をライトにかざす。透けもせず、逆光で真っ黒に染まるだけだったが、しばらくそうしていた。そしてふと、アリアの記録を調べたくなった。もしかしたら、何か書いてあるかもしれない。
「出撃記録...メモは筋トレ内容ばかりだな...」
俺のヒビ割れたターミナルに大きく映し出されたのは、よく使用してるらしいものの二つだけだった。服は持ち前のもので、アラガミの弱点は記憶済み。武器の調節申請はその場でしているらしいから、自然と自室でいじる項目はこれだけになるんだろう。
フ、とアリアらしいと気を緩めるも、すぐに頭を振って作業に戻った。まずは、筋トレのメニューばかりのメモ欄を最新順に並べた。すると、数時間前に書かれたメモが一つだけあった。残りは全て幾日前のものばかりだ。題名はなく、ぽっかりとそれだけが目立っている。震える指でその欄を押し、展開した。
内容は、遺書。俺やリリーさん達に対する謝罪、限界だと嘆き、誰も傷つけない為に遠くへ逃げると書いていた。
「ふざけるな...ッふざけるな!!」
そして最後に、俺への告白。異性として好きだった、とたったこれだけだったが、俺には十分だった。リンドウが消えたあの日から、手離さないと決めた。なのに、離してしまった。
「必ず見つけ出してやる...」
沸々と自分に対する怒りが湧き上がり、ターミナル画面拳をぶつける。アリアを見つけ出して、今度こそ、側に引き留めてやる。

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