荒神狂想曲

□潜入捜査
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(いつアラガミ化してもおかしくない、か)
轟々と風が唸る空母で、ぼんやりと任務前のメディカルチェックでサカキ博士に言われたことを思い返す。気分が落ち着き、カノンが作ってくれたクッキーを味わった後に嫌々研究室に入室した。何も言わずにチェックすると、サカキ博士の驚いた声が部屋に響いた。
【何てことだ!数値が...】
【?】
【アリアくん、何ともないのかい!?】
【さっき嘔吐しただけですが?】
【...っ!アリアくん、悪いことは言わない。暫く戦場に出るのはやめた方がいい】
【...アラガミ化、でしょう?】
【...そうだ。君は、いつアラガミになっても可笑しくない身体になっている。そんな身体でアラガミを相手にするのは自殺と同じだ】
【フ、今更な心配だな。私の存在自体アラガミの様なものだ。アラガミ化の危惧があったとしても、私は戦う】
【無茶だ!君は両親を、ソーマを置いて逝けるのかい?】
【...分かった。でも、一回だけ。もう一度エイジスに行きたい。シックザール様に伝えておきたい】
【なら、ソーマと一緒に行ってくれ。今の君を一人で戦場に送り出せるほど、私は君を信頼していない】
幸い、研究室には例のアラガミ以外出払っていて大事にはならなかった。が、いずれはサクヤ達にも伝わるだろう。
「来た」
「セクメトか」
任務地として選んだ空母は、エイジスに一番近くノイズが大きい場所だ。今でも何かが耳にまとわりついているような感じだ。
「あれを採って、エイジスに行く。ソーマはバンで待ってて。関係者以外は入れないらしいの」
「...分かった」
さて、最後の晩餐とでも言うべきか?最後贄にセクメトは相応しい。後は大人しく事が過ぎるのを待つだけだ。


セクメトを倒し、素材を入手した後はエイジスに向かった。途中、ソーマが胸糞が悪いと呟いていたが、全くその通りだと思う。
バンは入り口に止め、最早顔見知りとなった門番に会釈をして長い道をトボトボと歩く。ソーマが隣にいないと、何だか寂しいものだな。
「シックザール様」
「ご苦労。...どうした、顔色が優れていないが?」
「あ...実は、いつアラガミ化しても可笑しくない状況でして、今日から休養になりました」
「アラガミ化?自身からは消えたのではなかったか?」
「それが、集結していたようで。任務前に、顔を合わせました」
「...そうか。ゆっくりと体を休めてくれたまえ。アラガミにならないよう願っておこう」
「はい、ありがとうございます」
長い長い道の向こうにはシックザール様が待っていて、即座に体調が悪い事を見抜かれた。流石元技術者。些細な変化に気付きやすいな。
素材を渡し、回れ右をして元来た道を戻る。そのとき、先ほどシックザール様に撫でられた頭に手を添える。お父様やお母様と同じ優しい手つきだった。本当に、なぜソーマに向けてやらないのかが不思議でしょうがない。
「...」
首を傾げながら道を半分手前まで進み、そっと後ろを振り返った。さっきまでシックザール様がいた場所にはもう誰も居らず、一度この酷いノイズを辿ってみようと思った。前方の門番は恐らくこちらを向いていない。絶好のチャンスだ。
音と気配を消し、シックザール様がいた場所まで戻る。耳を澄まし、靴音を聴き分ける。左だ。壁伝いに歩き、なるべく影を選んで進む。幾度かシックザール様の背中を確認し、尾ける相手が間違っていないことに安堵する。
どれだけ追いかけただろう。恐らく最深部に着いたはずで、シックザール様の目の前には重い扉があった。それにパスワードを入力し、ゆっくりと入っていく。ダメですよ、シックザール様。後ろを警戒しないと、私のようなネズミが侵入してしまいますよ。
(...っと)
シックザール様が闇に紛れ、閉まりそうになった扉の間をすり抜けて見事侵入した。すぐさま近くの物陰に隠れ、誰にも見られていないことに疑問を持った。それに、ここにはシックザール様以外誰もいない。上手く事が運びすぎている。そっと物陰から顔を出してみる。
「...っ〜〜!!」
しかし、目線の先にあった物を見た途端、全身に電流のような痺れが駆け抜けた。思わず叫びそうになったが、手を噛むことで阻止した。心臓が大きく波打ち、血が活発に流れる。半ば興奮状態に陥った私の耳は、雑音のようだったノイズをしっかりと脳に届けた。発狂しそうなほどに狂った神の声。それに呼応するように私のアラガミが脳内で雄叫びをあげる。そうだ、これだ、これが私の求めているものだ、と。
(これが私、いや、私達が求める最高の神“ノヴァ”だ!!)
アラガミがピースを当てはめた瞬間、くらりと視界がトロけ、ゾクゾクと背中が震えた。こんな状況から抜け出したくて、シックザール様が私に気づいていないことをいい事に海に飛び込んだ。勿論、音を立てないことを最優先に。

「っぶは!は、ここっ...」
グボロ・グボロ宜しく海に飛び込んだ後はただひたすらに岸に向かって泳いだ。穏やかな水流の下には、先ほどのノヴァの触手が幾つも伸びていた。動いていないのにそれが生きていることが分かり、目に映るたびに視界がドロリと溶ける。
目を逸らし、前だけを見て、ソーマの元に戻ることだけを考えた。
やっとの思いで上陸したはいいが、周りが断崖絶壁だらけで何処にいるのか分からない。無線は浸水で故障。連絡手段はない。
「登るしかないか...」
幸い、絶壁とはいえ突起が多い。登るには最適だった。ゆっくり、広い範囲で岩を掴み、重みを緩和する。狭い範囲だとどうしてもそこに全体重がかかり、脆い岩が崩れやすくなって落下してしまう。
「ん、と...あら」
途中、何度か足を滑らせて落ちかけたが、何とか体制を立て直して上まで登れた。上に登ってまたエイジスを探してバンに戻ればいいや、と気楽な考えを持っていたが、目の前にはソーマが不機嫌そうに立っていた。バンもそこにある。
「ヒバリから、お前が海を通過していると連絡を受けた」
「ちょっと足を滑らせて...」
「お前がそんなヘマするはずねえ。...中、探ったんだろ」
おや、察しの良い。だが今ここで話して良い内容じゃない。それに、ノヴァを思い出すたびに息がつまる。だからすぐに手当できない状況より、医務室が近いアナグラでひっそりと話すほうが良い。
「今は話せない。そうだな。サカキ博士の...いや、ソーマの部屋に行こう」


「...?」
アリアが海に飛び込んだ時、微かな水音がヨハネスの耳に届いた。だが後ろを見ても何もないのは当然で。近くでグボロ・グボロでも跳ねたのだろうと思い、今は亡き愛しい妻アイーシャに似たノヴァをもう一度見上げた。
「アリアの、消えたはずのアラガミの集結。アイーシャ、もしや君が...あの子のアラガミを呼んでいるのかい?」
どうか、あの子だけは止めてくれないか?そう問いかけてみても、ノヴァはただ穏やかな寝顔のままだった。

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