荒神狂想曲

□叱咤
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結局、あの後吐き気に襲われて研究室を飛び出た。メディカルチェックも受けていない。近くのトイレに駆け込み、堪らず嘔吐。ショックで全身が痙攣を起こし、洗面台にもたれかかった。
「アリア?どうしたの、あなた」
胃液だけになってもまだ嘔吐を続ける私に、通りがかったジーナが支えて背中を摩る。続いてカノンにも目撃され、水を持ってきてくれた。
「落ち着いたかしら?じゃあ口をゆすいで...カノン、そっちの肩貸したげなさい」
「アリアさん、失礼しますね...?」
それからまともに歩く事が出来ない私の両脇を二人の肩に回され、部屋まで連れて行ってくれた。グラグラとする視界に映る二人に礼を言い、吐き気を堪える。
「あなた、ご飯食べたの?」
「えっ!食べてないんですか?じゃあ私、お腹に良いお菓子作ってきますね」
部屋に着くとカノンはお菓子を作りに、ジーナは私の着替えを手伝って任務に出た。ごろりと布団に寝転がり、シャツを伸ばしてジーナにサラシをひっぺ剥がされ絶壁が顔を出している自身の胸を見る。微かに膨らんではいるが、アリサやサクヤ、カノンに到底及ばない。あれ程大きければサラシなど着けるのも一苦労だろうが。
「はぁ...」
肺から大きく息を出し、目を瞑る。次第にトロトロとまどろみ始め、指一つ動かすのも億劫になり、そのまま寝てしまった。

「やあ」
「...アラガミ?」
ふと目を開けるとそこは一面黒だった。あの時の悪夢と同じ暗闇に、また私は立っていた。目の前には、背後に狂気を纏わせたもう一人の私。ニタリと口角を上げるも、目元は前髪で隠されて見えない。
「いつしかぶりだね。私が散らばっている間、人間らしい感情を持ったみたいだけど...もう要らないな?」
「人間らしい感情だと?」
「あの青年...ソーマに対しての感情さぁ」
「...何の事だ」
「フフ、気付いてるくせに。まあいいよ。これからお前は私に支配される。お前は消えるんだ」
「何?」
「エイジス。あそこには私が求める全てがある。腹一杯、たらふく神を喰らえる」
ベロリ、と下品に舌舐めずりした目の前の私。何を言っているのかさっぱりだ。だが、ノイズの原因はエイジスにある事はハッキリと分かった。
「だから、お前は邪魔だ。あの白いアラガミより、お前の方が邪魔だ。けど、まだ完全に私の力が戻っていない。力を戻しながら、お前の人格を瓶詰めにしてやる。フフ、楽しみだな」
眉をひそめ、怪訝な顔をする私を放ってそいつは消えた。どうやら私の意見は聞き入れてくれはしないらしい。
でも、不思議だな。自分の事なのに、まるで他人事のように感じられる。どうなったっていい。そんな思いが渦巻いている。一体私の思考はどうなってるんだ?

「...い...おい、アリア!」
「そー、ま?」
二度目に目を開けるとそこは自室で、目の前にはソーマの焦った顔があった。部屋の中には甘い香りが充満しており、首を傾げるとカノンの顔が見えた。
「ああ、良かった!...アリアさん、さっき物凄く魘されていたんです。呼び掛けても起きなかったので、ソーマさんを呼んだんです」
「そうか...迷惑をかけた。ありがとう、カノン」
「いえ、とんでもないですよ〜。あ、クッキー作ったんで、お腹空いたら食べてくださいね!私、これから任務なので失礼します〜」
上体を起こし、慌てて部屋から出て行くカノンを見送り、ソーマに向き直る。博士が連れてきたアラガミを見ている時のように険しい表情を浮かべている。
「もうアラガミは消えたんじゃないのか?」
「集結していたみたい。これから徐々に私の身体を乗っ取るらしいわ」
「乗っ取るだと!?」
「エイジス」
「?」
「あそこに望むものがあるって。腹一杯、神を喰らえるって」
「...」
「でも...私、何も思わないの。乗っ取られるのに、他人事のように思ってる。もう支配され始めてるのかも...」
「アリア...」
「ねえ、ソーマ。お願いが一つあるの」
「聞かねえ」
「ソーマ」
「絶対に嫌だ」
「...私はソーマを殺したくない」
「俺だってお前を殺したくない」
「私の持つ情報は全て共有されてるのよ?アナグラに入ることだって出来るし、お父様やお母様達を殺す可能性だってある」
そんなの、絶対に嫌だ。もう何も失いたくない。今までに多くの仲間を手に掛けすぎた。これ以上、アラガミ以外を殺すことはしたくない。
「...残される俺達はどうしろってんだ。お前が居なくなったら!俺は誰に頼ればいいんだ!リリィさんは?マイクさんは?死ぬ覚悟で産んだお前に死んで欲しくないはずだろ!」
「...っ」
その通りだ。どれだけ仲間を殺してしまっても、お前は悪くないと抱きしめてくれた。夜が怖い時は、一緒に寝てくれた。離れたくない。でも、神を喰うのも良いかな、なども思ってしまう。
神か、人間か。選ぶのは簡単だが、私にはとても難しい事のように思えた。

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