荒神狂想曲

□間接自覚
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「ソーマ、上着...っと風呂か」
ニヤニヤと笑うサクヤとアリサに見送られ、むず痒い気持ちでソーマの部屋に入る。しかし部屋の主は居らず、水が流れる音が奥から聞こえた。なら、と腕にかけただけの上着をソファで綺麗に畳む。
「ん?」
畳み終えた後、部屋を見回す。この前入った時よりかは片付いているが、やはり汚い。ため息を吐いて呆れた瞬間、耳が水の流れる音に紛れた、ごくごく小さな音を拾った。
ガリ、と壁を軽くひっかく音。息を詰め、大きく吐き出しながら小さく喘ぐ低い声。時折聞こえる粘着質な音。
「...」
滅多に止まることのない私の思考が止まった。あの音が何を意味するのか分からないほど私も子供ではない。無意識のうちに、ゴッドイーターになる前に身につけた、音を出さずに歩く方法でドアに向かって後ずさる。そのまま外に出て自室に駆け込んだ。
「...っ!?」
ドクリと心臓が大きく波打ち、頬に熱が集まる。今までソーマをソーマとしか見ていなかった私は改めてソーマは男だと再認識した。だってそうだ、当たり前じゃないか。十八の年頃だ。そういう時期じゃないか。勝手に入るもんじゃない。それに...あんな声、聞いたことがない。もっと聞きたいなんて...思ってない。違う、思った。私にだけ、あんな声を向けて欲しい。
ああ、心臓がうるさい。ぎゅ、と心臓辺りの服を掴み、落ち着こうと深呼吸する。それでも動悸は収まらず、最終手段で強制的に寝ようとジャージを脱いだ。実は服がまとわりついたまま寝るのはあまり好きではなかった。夜中の出動に備えての訓練でいつもは軍服を着たまま寝ていたが、苦しくて逆に眠れたものではなかったな。
...少し落ち着いてきた。眠れそうだ。


「どうでしたか!あわよくば出来ましたか!?」
「やめてくれ...あわよくば以上だ...」
「!?」
「ちょっと、詳しく」
「間接的にソーマが男だとようやっと気づいた。これ以上は何も言えない」
次の日、スッキリと疲れが取れ朝食を幸せな気分で食していたが、なぜか昨日のテンションを維持したままのアリサとサクヤに連行された。突然の事に一度転けてコウタに被害を被った。後で奢ってやろう。
「やっと自分の気持ちに気がついたんですか」
「...ソーマの顔を見れない」
「あら。思ったより重症ね」
「そのままシケ込めば良いんですよ」
「...アリサの口からシケ込むなんて聞きたくなかったわ」
取り敢えず、幸せが逃げた。アリサの発言でもっと逃げた。任務に出よう。そう、顔パス作るのよ。
「任務、行ってくる...」
「待ちなさい、アリア」
「...何だ」
「ソーマに一言言いに行ってちょうだい。不機嫌なソーマは面倒なのよ」
「あ、そうですね。お願いします」
「さっきソーマの顔を見れないって言ったじゃない...」
逃げようとする私を逃すまいとサクヤとアリサは地獄へと誘う。思わずしゃがみ込んで弱音を吐く。らしくない。実にらしくない。ガリガリとまだ結っていない髪を掻き、ため息を吐いて立ち上がる。私は腐っても軍人。鉄仮面ぐらい固定できず何が隊長だ。
「分かった。言いに行ってくる」
「はーい、任務も頑張ってねー」
「気をつけてくださいね!」
穏やかな笑顔で送り出された。ああ、どうやってソーマと顔を...。
「あ、アリア!又任務に行くの?」
「ユウ」
丁度外に出ると、ユウがエレベーターから降りてきた。何だか暫く見ないうちに大人びたように感じるが、気のせいだな。ソーマには劣る。
「そうだな。...ユウはなぜこの区画に?」
「あれ、言ってなかったけ。この前リーダーに選ばれちゃってリンドウさんの部屋を譲り受けたんだ。...リーダーは俺よりアリアの方が適任だと思ったんだけど」
「私のようなフラフラあちこち歩き回っている奴を隊長にしたくないだろう...。そうか、ユウがリーダーか。就任祝いに任務先で珍しいものがあったらやろうか?」
「え!いいよ、気持ちだけで。それに、リーダーって言っても何したらいいか分からないし...手始めに何したらいいかな?」
「私が隊長になったときは...そうだな、隊員の不満を聞いたかな。それからその不満を潰していったんだが、参考になるか?」
「うーん...むしろ俺が不満いっぱいだよ...」
「ふふ、それは難しいな。なら、メールでもいい。私が聞いてやろう」
「本当!?良かった、愚痴れる相手がコウタだけかと思った...」
いつの間にやらリーダーになっていたユウ。誰も教えてくれなかったな。どういうことだ。今更怒っても仕方がないが、まずはソーマだ。私も目の前の課題からだな。
一件落着したユウと別れ、ソーマの部屋に訪れる。が、昨日同様部屋の主はいなかった。音は一切鳴っていなかった。ならラウンジか任務か?と思い、後ろを振り返ると...いた。
「...驚いたじゃない」
「いつもなら気づくだろ」
「む、おっしゃる通り」
心臓が飛び跳ねた。二重の意味で。バクバクと鳴り響く鼓動を無視して、ソーマに任務に行くことを伝える。
「?何で俺に言うんだ」
「サクヤとアリサが不機嫌なソーマは手に負えないからだと」
「...」
そういう事かと呆れる。ため息が昨日の吐息と重なるが、足をつねる事で何とかしのぐ。
「もう体はいいのか」
「お陰さまでね。運んでくれてありがとう」
「...っああ、別に大したことじゃない」
今の一瞬の間は何よ。
「でも、ありがとう。じゃあ任務、行ってくる」
「気を付けろよ」

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