荒神狂想曲

□悪夢と休息
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夢を見ていた。
飢えているときにみる夢。
空は黒いのに、地面は真っ赤に染まっている。
それは液体みたいにアリアの足に絡みつき、まるで呪縛のように離れない。
目線を上げると、いくつもの屍体が転がっている。
その屍体は軍服を着ており、アリアは自嘲の笑みを浮かべる。
「あんなにも殺してたのか」
と。
屍体は常にアリアの後ろ、即ち過去にあたる場所で転がっている。
未来にあたる場所は、普通なら何もない。
しかしアリアの未来には、必ず屍体が転がっている。
「どうせ、ありもしない未来だ」
「それはどうだろう?」
毎日同じ事を言えば、空間に答えが響く。
その声はアリアの声で、アリアは自分のアラガミが勝手に声を使っていると推測している。
「ほら、よく見なさいよ。何が倒れて血を流している?」
言われる通り、前をよく見ると倒れているのは見慣れた軍服ではなかった。
「!!」
白い服...あれはツバキ上官。
黄色い服...あれはコウタ。
赤い服...あれはアリサ。
黒い服...あれはサクヤとリンドウ。
「違う、こんなのただの夢だ」
「本当に?これから殺していくんだぞ?未来は何が起こるか分からない。起こりうる事を見せているんだ。そう、私達の予定だ」
「...違う」
こんな未来を受け取りたくなくて、アリアは足を後ろに引いた。
すると何かが当たった。
視線を下げると、青い服。
「あ...」
そこから覗く、紅く染まった銀髪と褐色の肌。
足元に転がる屍は、ソーマだった。


「...っ!!」
全力で走った時のように掠れた息を盛大に吐き出しながら、ブランケットを跳ね除けて飛び起きた。
心臓が重く早鐘を打ち、今にも口から飛び出しそうだった。夢見が悪すぎた。
呑気に針を動かす時計を見ると、まだ朝の三時だった。眠りについたのは昨日の夜の十一時だ。たったの四時間しか寝れていない。
「...最悪」
勿論もう一度寝直すことはできず、部屋着のままラウンジにのっそりと足を運んだ。
ラウンジはやはりと言うべきか、誰もいなかった。電気が付いているのは、皆起きるのがバラバラだからなのだろう。
最低三時半にはコックはいるが、あいにく今は三時十分だ。
「(お腹も空いてないし、珈琲でも飲んでいようか)」
勝手ながらキッチンを借り、湯を沸かす。静かな空間で、たった一人のんびりと珈琲を淹れるのもいいな、とぼんやりとそう思ったアリアは、ラウンジの扉が開く音を拾った。
「アリア」
「ソーマ。どうしたの、こんな時間に」
「それはこっちのセリフだ」
「...それもそうね。座ったら?珈琲、いる?」
「いる」
ラウンジに入ってきたのは、なんとなく目が覚めたソーマだった。元々寝つきの悪いソーマは、寝ては覚め、寝ては覚めの繰り返しをしていた。今日は中々寝付けなかったため、普段着に着替えて意味もなくラウンジにやって来たのだ。
「(オフだと口調は柔らかくなるのか)」
昼間のハッキリとした軍人の物言いが消え、珈琲をノロノロと淹れるアリアをボーッと眺めた。
日に焼けた肌、優しい目尻と黄金の瞳。ちらほらと銅色の髪が混じっている茶髪は、短いがキツく縛られて続けていたことが分かるほどうねっている。部屋着であるシャツはハイネックノースリーブで、ズボンはよれよれのジャージだ。
「ん」
五分ほどかけて淹れた珈琲を、ボケッとしているソーマに差し出す。
珈琲を淹れながら、アリアもソーマを観察していた。普段着に着替えられているから筋肉こそは見えないが、袖から覗く筋が全身を物語っている。
「(程々、ってところか)」
珈琲を受け取ったのを確認し、アリアもソーマの隣に腰を下ろす。少し冷ましてから、一口。
「ブラックで大丈夫だった?」
「苦い」
「でしょうね。砂糖、取ってくる」
「ん、いい」
「そう?」
のんびりとした時間。軍にいた頃は根詰め過ぎていて、あまりとることがなかった時間だ。
「寝れねえのか?」
「夢見が悪くてね。起きたの」
「夢?」
「夢。私が殺した人が地面を赤く染めてるだけなんだけどね」
「殺した?」
「殺そうとしてきたの。気づいたら逆に殺してた」
「...そうか」
「ソーマは?」
「寝て覚めての繰り返しだが、今日は中々寝付けなくてな」
「...苦労するわね」
「ああ、全くだ」
珈琲をすすりながら、ぼんやりと会話をする。会えなかった十二年間の隙間を埋めるように、コックが来ても、他のゴッドイーターが来ても、会話を止めることはなかった。
同じ偏食因子同士、待遇も同じだった。
「やっぱり、十二年前に会えて良かった」
「そうだな。...こうした時間も、悪くないしな」

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