月読む電気石
□私の水先案内人
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「…よし」
靴裏から伝わる床の感触にほっと肩の力を抜いた。
おそらく危険はないのだとわかっていても、己の認知を超えた現象の中で本能はビリビリと緊張の糸を張る。
世界が色褪せる程の頭脳を持つ太宰なら、尚更の事だった。
「大丈夫か?」
声に誘われて視線を上げると、閑散とした部屋。
生活用品は置いてあるものの、気品高く、それでいて寂しい印象だ。
「…なに、これ」
「?
どうかしたか?」
「どうしたじゃないよ!
これ全部、葵烏の作品じゃない。
一点モノどころか出回るカテゴリすらまちまちなのに…。
いっそえげつないよ」
葵烏といえば、気紛れに市場に放り込まれる作品を取り合う熱狂的なコレクター達の競り合いにより、いつもゼロの六つや七つはくだらない、と有名だ。
太宰も一度、どうしようもなく魅せられて競り合いに参加したことがあったが、ゼロひとつ分、手が届かなかった。
「…ああ、そういうこと。
それ、俺が創ったから」
「…は?」
想像以上に間抜けな声が出た。
葵烏を創った、この男は確かにそう言った。
「その話は後だ。俺の異能にかかってくるからな。
お前が俺と一緒に来るかどうか、そこからだ」
「…着いていくよ、君に。
こんなに世界が明るく見えるのは初めてなんだ」
鏡の行動はどうも読めない。
想定外な出来事ばかりで、失望も退屈も絶望も、ひと欠片だって寄ってこない。
酸化なんてとんでもない。
彼の周りは驚きで満ち溢れていた。
初めて外の世界を見たような太宰に目を瞬かせた鏡は、ゆっくりと微笑みながら太宰に手を差し出した。
「それじゃあ、改めて。
よろしくな、治」