月読む電気石

□驚くばかりで
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久しく耳にしなかったそれが自分の名だと気付くのに半瞬ほどかかった。
差し出され、密かに焦がれていた手に震えを隠して握り返す。

当たり前のようにソファに促され、肌に触れる生地の質感に頭の中が混乱を帯びながら澄み渡った。


「…何から聞きたい?
俺の事か、これからの事か。
それとも、何か腹に入れるか?」


表情を緩めて顔をのぞき込むそれは、全くもって子供扱い。
気に入らないはずのそれが何故だか無性にくすぐったかった。


「…いらないよ。
それより、これから私はどうなるの?」

「まずは経歴を洗う必要があるだろ。
最低でも2年は姿を消さなきゃならない。
それからはまぁ、俺に着いて来てもいいし、種田に周旋させても良い」

「種田…って、特務課の種田長官かい!?」

「ああ。
そのくらい働かせたって罰は当たらないだろ」

「…ほんと、君って何者なのさ」


異能特務課の長官を呼び捨てにし、更には周旋をさせると言う。


「今日からはフリーの異能者だな。
ミミックの件が俺が手を引くための仕事だった」

「…政府が?」

「前々から特務課の使い走りはやっていられないと言っていたんだが、俺は特務課の内部事情を知りすぎていた。
この件で俺が死ぬだろうと踏んでいたんだろうなァ」


人の悪い笑みは、しかしどこか無邪気な子供らしさを覗かせる。
喉を鳴らし笑う鏡にゆるゆると腹が立つ。
得体のしれない存在の癖に、いちいち安堵を与えてくるのが気に入らない。


「それで?
結局、私はどうなるのさ」

「ああ、悪い。
姿を消している間は此処で生活してもらうことになる。

まぁ、基本は好きに寛いで暮らしてくれ。」

「好きに…って、こんな高級品に囲まれた場所でどうやって寛げるのさ」

「……高級品、ねぇ」

過去に覚えのない胸のうちに苛立ち、言葉に刺が混ざる。
そんな太宰の様子に気を悪くした風でもなく、鏡は徐に領帯(ネクタイ)を解き、手の中で丸めた。


「今、俺の手の中には何があると思う?」

「何、って、領帯だろう」

「さぁ、それはどうだろうか」


含みを持たせた言葉と同時に手を開くと、握られていたのは、黒とも藍ともつかない石が嵌められたルーフタイだった。


「これらは全て、俺の異能で作ったものだ」

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