熱情‐PATETICHESKAYA‐

EXHIBITION【2】
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 暁が鴨川ジムに入会してから数週間が経った。

 長年自主トレを続けていた暁は体力には自信があったものの、ジムでのトレーニングは想像以上にハードだった。
しかし、強くなりたいと言う一心で鴨川ジムメンバーと同じ量のメニューをこなしており、その直向きな姿勢に、入会当初は色々揶揄していた人間も次第に口を閉ざすようになっていた。


――――――――――


「いったがきま〜すっ」

「お前、外でソレ言うのやめねぇ?」


 ラーメンを啜り始めた板垣に木村は突っ込みを入れていた。


『ん…意外に旨ぇな』

「意外って何だよ。この俺様が作るラーメンは日本一だぜ〜?」


 感心しながらラーメンを食べる暁に向かって、青木は誇らしげに声を張った。


「ボクシングの才能はねぇけどな」

「また…鷹村さんはぁ…」


 もう何年も繰り返されているやり取りに慣れた青木も、鷹村の一言には大して反応せずラーメンを啜っている暁に声をかけた。


「ところでよお前ぇ試合とかまだやってんだろ?次は何時やんだ?」

『…そんなの聞いてどうすんだよ』

「ん?いや試合前に調整とかした方がいいんじゃねぇのかなって思ってな」

『…別に問題ねぇよ。体重制限ある訳じゃねぇしな』

「ふ〜ん、そんな適当なもんなのか」


 ぶっきらぼうに答える暁の様子もさして気にも止めずに 、青木は鼻歌を歌いながら丼を洗いだす。
青木との会話を聞いていた板垣が身を乗り出し、暁に話しかける。


「そういやボク、総合やってる女の人の試合って観たことがないんですけど、暁さんの試合なら観てみたいなぁって…」


「板垣!!!!」


 話しの途中に鷹村が厳しい声で板垣の名前を呼んだ。


「…はい?」

「―お前ぇ、なぁんもわかっちゃ居ねェだろうから忠告してやる。
裏の世界の事には一般人は首を突っ込むんじゃねぇ」


 厳しく言うと鷹村は板垣をギロリと睨みつけた。


「はぁあい」


 板垣が残念そうに返事をする。
空気が少し重くなり、暁の居心地も悪くなる。


「でも…質問ぐらいはいいですよねっ」

『ん?…まぁ…な』

「次はどんな相手とやるんですか?」


 めげていないのか板垣がニコニコ笑いながら質問を投げかけてくる。
暁も簡単な質問ぐらいには応じてやるかと、口を開いた。


『相手の情報は…ない』

「「「「「…え?」」」」」

『いつもそうさ。
リングに立つまで相手の事は判らない』

「…マジかよ?
それ…お前ぇ、かなり不利じゃねぇか?」


 青木と同じ事を皆も考えたのか暁の答えを待っていた。


『…ずっとそうやってきたから不利とか考えた事ねえよ』

「考えられねえな…。
相手はひょっとしたら、次にやる相手がお前ぇだと知ってる可能性だってあるよな?」


 スポーツ全般に言える事だが、普通は試合をする相手が決まり次第相手を研究し対策を練りトレーニングしていくものだ。
それがない事がどれだけ怖いか、格闘家なら尚更判る事。
それが裏の世界と言うのなら、どこまで怖い世界なのかと木村は肩をすくめた。


『…自分の情報は…相手が掴んでいる場合が殆どだ。
情報も金で買うのも当たり前の世界だから問題もねェよ』

「…知らない相手と戦う。
相手は自分の情報を握っていて対策を立てて来るかもしれないのに…。
…怖くないんですか?」


 一歩がよほど驚いたのか真剣に聞いてくる。
暁はその表情をみてクスリと笑いながら答える。


『相手が対策立ててくれれば好都合じゃねえか?
情報を握っていると言う安心感で相手は油断するし、握った情報は古いものなのに信じきって対策を取ってくるから手が判りやすい。
古い過去の情報で手を打って来ても何の意味もねえ…


そうやってあいつら自らハンデを背負ってるのさ


 暁が鋭い目をしてくつくつと笑う。
それを見た一同は、暁の裏の世界での顔を見た気がした―。

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