熱情‐PATETICHESKAYA‐
□vs間柴【ROUND1】
2ページ/23ページ
試合があったあの日から数日が経ち、鴨川ジムメンバーとの奇妙な出会いの事も記憶から薄れて行ったある日の事―。
‐暁side‐
毎日のトレーニングの積み重ねは自分の身体の能力を何十倍にもしてくれる―そんな実感をひしひしと感じつつ、今日も走り込みを続けている。
地元の街に差し掛かった頃には日も暮れ、街は夜の顔を見せていた。
―腹も減ってきたしどこかに入るか。
たまたま目についた居酒屋に飛び込み、適当に注文を入れビールを煽る。
煙草に火を付け、次にある試合の事を考える。
地下格闘技は見せ物の一つとして【表】と、そうでない【裏】がある。
表と裏の大きな違いは“合法”か“非合法”か。
【表】はあくまでも見せ物であり、どれだけ盛り上げるかが基本のshowであり、盛り上げる為の仕込みも当たり前にある。
しかし【裏】は“賭博”が絡む。
勝てば勝つ程、その人間に賭けるが人増える。
賭け金が増えれば当然金の入りも良くなるのでファイターは勝ち続けたい。
しかし主催者はどうか?
ある程度勝ち続けて来たファイター達の集客力と、そのファイターが負けた時こそ一番大きな儲けが待っている。
強い者同士を戦わせればどちらが負けても旨味がある。
しかしそんな試合は合法的には認められていないので、裏の伝や一部のVIPだけが観戦できる、地下格闘技と言うより【闇格闘技】と言う方がしっくりくるのかも知れない。
暁はそのどちらにも属する看板ファイターの一人。
格闘技ブームで、女性の格闘家は確かに増えた。
しかしいくら増えたと言ってもそれはあくまでもスポーツの世界の話。
自分の腕一本で殴り合い・時には殺し合いにもなりかねない世界に身を置く女性は皆無に等しい。
そんな闇の世界に足を踏み入れた初めた暁に、当時の観客は奇異の目を向けつつも大して期待もして居なかった。
【裏】の世界に入る前は、【表】でビジュアル重視の八百長試合で盛り上げていたが、徐々に飽きられ更に性的に過激なものを求められるようになった。
そんな女性ファイターが裏の世界に入ると言う事で、冷やかしで賭ける者もいたが、明らかに裏ならではの展開を期待していたのかもしれない。
尤もその期待は、想像を上回る形で打ち崩されるのだったが―。
暁は裏の世界でも実力でその地位を築き上げていた。
しかし人気や実力差が有りすぎると言う事は、賭けが成立しない。
成立しない賭け程つまらないものはない。
今の暁は孤立無援。
対戦相手は勿論の事、観客も主催者も暁が負けるのを今か今かと待っている。
“そろそろ飛ばないと、お前もヤバいんじゃねぇのか?”
竜平の言葉が日に日に現実味を帯びてくる。
負ければ商品価値は無くなりお払い箱。
それで済むならまだ平和な話で、女である暁には地獄のような世界が待っているのかも知れない。
どんな戦いも勝ち過ぎは怨みを残す。
退き際が一番難しい世界なのは暁も理解しているが、実際にどうすれば良いかは判らない。
判らないから勝ち続けるしかない。
店内から聞こえてくる流行りのBGMやサラリーマンやOL達の楽しげな声は、暁にとってはどこまでも非現実的な世界なのである―。