脱獄 第一舎房

□アップルグリーンの瞳
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南波刑務所・5舎


「‥‥58番‥‥?」
夜の巡回時間
8房の部屋の隅で膝を抱え込み、小さな身体を、さらに小さくしている58番を見つける
舎房の扉を開け、そっと、その背中に触れると、小刻みに震えているのに気がつく
「どうかしたか?」
震える背中を撫でながら、普段ではあり得ないような、優しい声で話しかける猿門
「‥‥っぁ‥‥さも‥‥んっ‥‥さ、ん‥‥」
喉が肉で押し潰されたような声を出す58番
何かを伝えたいのに、伝えられない
必死に声を出そうとしているが、その度に漏れるのは、息が漏れるような音だけ
その必死な姿に、堪らず、自分の腕の中に58番を引き寄せる猿門
腕を小さな背中に回し、ギュッ‥と、強く、強く抱き締める
ビクッと震える、小さな体
自分でも、何でこんなに行動をしたのか何て分からない
でも、それでも猿門は、離そうとはしなかった
背中を、あやすように撫でながら、
「‥‥ウパ‥‥」
名前を呼ぶ
「さも、んっ‥‥さんっ‥‥!」
驚いたように顔をあげる58番(ウパ)
それもそのはずだ
通常は、囚人番号でしか呼ばれない自分達の、通称の名前
そっと体を離され、ウパの目に映るのは、優しげに自分を見つめる、猿門のアップルグリーンの瞳だった
「ウパ‥‥」
名前を呼ばれる度に、体の震えが止まっていく
「‥‥もう‥‥平気か‥‥?」
長い指が、白い頬を撫で、涙の跡をぬぐっていく
コクリと、首を縦にふるウパに、
安心したように息をつく猿門
「‥‥すみま、せん‥‥
ちょっとだけ‥‥昔とこと‥‥おもい出して‥‥!!」
途切れ途切れに紡がれた声を遮り、布団の中に、ウパと一緒に入る猿門
「さっ、猿門さんっ‥‥!」
顔を胸に押し付けられ、声どころか息もできないような状態になる
「ンッー!!」
布団の中で腕をバタバタさせ、何とか顔をあげようとするウパに、
「シッ‥‥
今日は冷えるから、一人で寝んのはつれぇんだよ」
嘘だと言うことは、すぐにわかった
看守部長である猿門が、暖房もつかないような仮住まいを借りているはずはない
だが‥‥
「‥‥仕方がないので、今日は一緒に寝てあげますっ」
「ンッ、おやすみ」

優しく、背中を撫でてくれる手の温かさが
伝わってくる、鼓動の音が

(猿門さん‥‥)
顔を猿門の胸に軽く押しつけ、ゆっくりと目を閉じる
体を包み込んでくれる、温かさを感じながら‥‥




「‥‥まだまだ子どもなんだな‥‥」
完全に寝入ってしまったウパの髪を漉きながら、そう呟く猿門
どれだけ大人ぶっていても、この刑務所に収容されるようなことをした囚人でも‥‥
「‥‥たまには、甘やかしてやるか‥‥」
そう呟き、目を閉じる猿門
その腕の中に、しっかりとウパを抱き締めながら‥‥


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〜あとがき〜
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