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□アマエンボウ
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「‥‥っ‥‥。」

南波刑務所から程近い高層マンションのリビングで、壁にかかった時計をしきりに確認しながら、玄関とリビングを幾度となく往復している猿門。
時折、ソファの上に置いてある携帯の着信履歴やメールを確認するも、何回やっても携帯の画面には〈着信なし〉の一文字だけが、浮かんでは消えていく。
そんな無駄な行為を何回やったか分からないが、涙が滲んで、ぼやけたグリーンアップルの瞳で壁にかかった時計を確認すると、〈今日〉が終わるまで残り二時間を切っていた。
先程まで、テーブルの上で美味しそうな湯気をたてていた料理ももうすっかり冷えきり、より一層、猿門の心を掻き乱していく。

「‥‥猪‥‥りっ‥‥。」
(頼むから、連絡くらい寄越せよっ‥‥。猪里っ‥‥。)

携帯についた小さなマスコットを握りしめながら、か細い声で、愛おしい人の名前を呼ぶ。
静かなリビングに、ただ秒針が進む音だけが響き渡る。

「‥‥いの‥‥り‥‥。」

力なく床に座り込んだ猿門の後ろから聞こえる、玄関のドアを乱暴に開ける音と廊下をドタバタと走る足音。
そしてそれは、猿門のいるリビングのドアの前で止まり、息を切らせながら部屋の中に転がり込んできた猿門の恋人でもある猪里のものだった。
まだ肌寒い時期だと言うのに、全身汗だくになり息を切らせているところを見ると、相当焦っていたことが伺える。

「主任っ‥‥!
っじゃなくて猿門っ!!
遅れてワリィっ!!
って、おいっ!?
こんなとこで何で座り込んでんだっ!?
どっか調子悪いのかよっ!?
もしかして、まだこないだの風邪が治ってねぇのか!?
ちょっと待ってろっ、今体温計‥‥!!」
「猪、里っ‥‥。
オレ、お前が約束忘れたんじゃないかって‥‥。
オレとの約束忘れて、どっか他のとこ行ってんじゃないかって思って‥‥。
それ、で‥‥。」

刑務所内では〈鍛練の5舎〉主任看守部長として、己の弱さを他人に見せようとしない猿門だが、本当は誰よりも傷つきやすく、少し触れれば儚く散っていってしまう花のように繊細な心の持ち主。
そんな猿門が、約束の時間を過ぎても中々現れずに、しかも連絡一つ寄越さずにどこで何をしているかも分からないまま、何時間もこの広い部屋の中で一人待たされていた――。
可愛そうなくらいに震える猿門の背中に腕を回し、そっと、その細い身体を抱きしめる。

「猪里‥‥。
もう冷めちまったけど、飯食おうぜ?」

やっと感じることのできた恋人の温もりに安心したのか、猪里にしか見せない可愛らしい笑顔を浮かべる猿門。

「猿門の料理は冷めてもウメェから。
レンジであっため直すの、手伝うぜ?」
「んっ。」

そう言って、キッチンに二人仲良くならび、すっかり冷えきった料理を温め直す二人の姿は幸せで穏やかな空気を醸し出していた。




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