短 編

□その笑顔はあきらめにも似て
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 暗い牢獄の中。小さな体に不釣り合いなほど重たげな手枷をつけられた少女は石のベッドに腰かけて、だらりと両足を投げ出していた。

「あぁ、ジャーファルさん。お久しぶりですね」
「……」

やってきた私を見た彼女は、以前と変わらぬ調子で言った。本当に気軽に、ちょっと忙しくて会えなかった、とでもいうように。
 そして、まるで世間話をするかのような調子で、


「私の処分は決まりましたか?」


さらり、といった。
 いつもと変わらぬ穏やかな笑顔で。
 それを見てしまった私は、

「……どう、して」

と、思わず問うてしまった。

「どうして、あなたは……笑っていられるのですか。貴女は、本当は……何もしていないんじゃ、ないですか」



 彼女は今、王宮内で起きた事件の犯人としてこの牢で処分を待つ身の上であった。
 被害者は彼女の友人で、王宮に勤めていた侍女。体を数か所刺されて倒れていたところを保護された。
 幸い命に別状はなく、誰に襲われたのかと聞けば彼女の名が挙がった。
 この国の政務官であり、八人将である私としてはもちろん、シンドリア国内でこのような事件が起きるなど許しがたいこと。
 すぐさま彼女を拘束し、この牢に閉じ込めて今に至る――というわけである。



 だが。



 ずっとずっと、胸の内にあった疑問。
 ずっとずっと、蓋をし続けた違和感。



 本当に、彼女がしたのだろうか?



 彼女は優秀な文官であったが、屈指のナイフ遣いでもあった。
 侍女が刺された現場に彼女が愛用しているナイフが落ちていたことが、彼女を犯人だと断定する材料となったのである。



 しかし、彼女が人を――ましてや自分の友人を傷つけたりするなんて、信じられなかった。



 いつだって人の一歩後ろに立ち、穏やかな笑みを浮かべて。
 自分のことより周りの人を優先して。
 人が楽しそうにしている様子を見て、優しく微笑んでいるような彼女が。



 そんなこと、するだろうか?



「どうしてって……。じゃあ、泣けばどうにかなるんですか、違うと叫べば聞いてくれるんですか」



淡々とした言葉のせいか、彼女の笑顔はやけに冷たく見える。
 それになんて声をかければいいのかわからなくて私が言葉を失っていると、彼女は不意に視線を逸らし、




「……もう、やめたんです」




 壁の上の方に開けられた小さな窓を見上げて、ぽつりと言った。



「信じるのも、期待するのも……抗うのも」




 その横顔に浮かんだ笑顔は、あきらめにも似て。
 見ているこちらが苦しくなるほどで。


 そして今更気が付いた。


 彼女のいつもの笑みは、
 あの穏やかな笑みは、
 全てをあきらめ、受け入れたが故の笑みだったのだと。

 
 悲しみも苦しみも、理不尽も、すべて一人で飲み込んで。


 どうして、気づけなかったのだろう。
 どうして彼女を守ることができなかったのだろう。
 目の前をふさぐ格子以上に、彼女自身が築いた壁がと遠ざけてしまった距離がありすぎて。



 どうすれば彼女の手をつかめるのか。




 どうすれば彼女にこの声が届くのか。





 わからないまま、私は牢の前に立ち尽くしていた。




→あとがきという名の反省文
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