百華撩乱

□愛別離苦
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あの笑顔は、どこへ消えてしまったのだろう。

あの子は、これからどうなってしまうのだろう。

私は、その苦しみに耐えられることが出来るのか。

桜は、ストレスによる軽い病を患い、病床に横たわっていた。
閉じた瞼の裏に映る、愛しい娘の顔。
私の腹から生まれてきた、私が血を分けた、私の…一生守るべき子。

あの子は、このために生まれてきたのか。前王の失態を償うために。
桜は、行き場のない憤りを抱えながら、ちらりと時計を見る。

あと三十分…
さっきまでこぼれていた、障子の向こうの、夏の夕暮れの光はすっかり消えた。
上半身を起こし、宙の闇を見つめる。

私は、あの子に何をしてやることも出来なかった。
母としても、王妃としても。
病気がちだからしょうがないとは、言えなかった。
自分が受け入れられなかった。

よろけながらも立ち上がり、縁側の側へ歩き、ぱっと障子を開ける。
月の光に、色とりどりの花がぼんやりと照らされて、辺り一面ぼんやりとかすんで見える。
空には、星一つない。満月が、ぽっかりと闇に浮かんでいるだけだ。
花から放出される、甘い香りが、桜の整った鼻をくすぐる。

桜は、ほとんどここからしか自分の子どもたちを見ていなかった。
敷居を越えることが出来ず、五年前まで、幼い笑顔を遠くから見つめ続けた。

あの日も、パーティーには出席出来なかった。
抜け出してきたらしい娘たちを見つめ続けた。
あのとき、凛としているが、少し虚ろな龍の声が、庭に響いた途端、背筋に悪寒が走った。
華が、おどおどとついていくとき、桜はかすれた声で、どんなに叫びたかったことか。
「行かないで!」

そう叫んでも、何が変わっただろうか。

あの子は、それから、この庭には出てこなくなった。
笑顔も見せず、顔色や目つきが悪くなっていた。
嗚呼、娘をこんなにも変えてしまった運命が憎い。

桜は、満月を見上げ、顔に当たる爽やかな風を感じる。

ごうん――十二時を知らせる鐘が、闇を震わせた。

桜の頬に、涙が一筋こぼれ落ちた。

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