百華撩乱
□過ち
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この物語を語る前に、ある人物の過ちに着いて触れなければならない。
それは、今から遡ること、60年前。
カムナ王国の中心都市である、キョクカの、それまた中心にある、王族の屋敷で、第七代国王、豪は、醜い顔を歪め,手元に持っている札束を一枚一枚数えながら、舌なめずりをした。
「へっへっへ。今年も儲かった儲かった。これで、余は一年幸福に暮らせるぞ。」
そう呟いて、札束を投げ出し、無駄に広い畳に大の字になって、でっぷりとした体を転がした。
そして、天井を見て、数分経った。
暇になったのか、札束をもう一回拾い、数え始めた。
「ひい、ふう、みい…」
「男よ…そこの男よ…」
札束を数える、貪欲な声に、澄んだ声が重なった。
さすがの豪も、耳を疑う。
そして、鈴の音が、しゃん―と畳の間に、しっかりと鳴り響いたときには、少し時間がかかりながらも、王は跳ね起き、構えになっていない構えをとった。
そんな中、まだ鈴の音は鳴り止まず、一定の早さ、いや、徐々に早く、鳴っていた。
「わ、我が名は豪!カムナ国の王であるぞ!お前は誰じゃ!」
その途端、鈴の音がぴたりと鳴り止み、広い部屋は静寂に包まれた。
「ほう―我が名はない。まだ名を持たぬ神じゃ。」
神、という言葉に、豪はぴくりと動いた。
「余は、名前がほしい…どこかの守護神になれば…名前が得られるのじゃが。」
豪は、まぬけ面を天井に向ける。
「守護神…そなたは、このカムナ王国に、より多くの富を与えてくれるのじゃな?」
そう言いながら、嬉々と顔を輝かせる豪を、神は笑った。
「人間とは、こんなにも醜いものなのか…つまり、そうじゃ。御主は、富を手に入れ、余は名を手に入れられる…」
「それならば、決まりじゃな。よろしく頼むぞよ。」
体よく話を理解した豪に、神は何のこともないように付け加える。
「そう、あと、第四王女の贄を捧げよ。」
にまにまと笑っている、豪のまぬけ面が、引きつった。
「贄…」
神は、豪を馬鹿にした様に、けらけらと笑う。
「御主、代償なしで、都合よくと富が手に入るとでも、思ったのか?それに、余の提案は実に易しい。第四王女が生まれなければ、それで良い。惜しいが、次の世代まで待とう。しかし、三十年に一回は、第四王女を、貰い子でも良い。捧げなさい。ただ速河湖の中に、沈めるだけで良い。さすれば、流れが、余の元に第四王女を連れてくるであろう。それがない場合、どうなるか分かっておるの?守護神が、活動をやめ、蓄積された厄が一気にカムナに襲いかかるだろう。」
豪は顔をしかめ、考えた。
富のためなら、三十年に一つの命、落としても構わないだろう。
そんな、考えの浅はかさが、未来の混乱を招くとも知らずに…
「わかりました。60年に1人、贄を贈りましょう。」
そう言った途端、びゅうっと豪の足下を風がかすめた。豪は、足に細かい鎖を巻き付けられたような変な感触がしたので、足下をとっさに見る。
「ひいっ!」
豪が見たのは、肉がたっぷりとついた足にからまった、細く細かく、紫に発光している鎖だった。
そして、豪の悲鳴を合図にした様に、畳の間に風が吹き荒れ始めた。
豪は、吹き飛ばされぬ様、そこに踏ん張ることしかできず、目をすぼめた。
いつの間にか鳴り始めた、さっきとはうってかわって、速いテンポになった鈴の音が、風の音に負けじと鳴り響く。
そして、畳の部屋が、ピカリと、目の眩むような、黄色い光に溢れた。と同時に、風の音も、鈴の音も止む。
一瞬の静寂。
そして
「我は、鈴神なり!」
そう叫び、消えた。
聞こえるのは、しゃん―という、鈴の音の余韻だけだった。