Polaris
□3章
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ムッちゃんや真壁さんの座っているベンチはいっぱいだし、さらに向こうのベンチは子供とお爺さんが座っている。
私は素直に横にズレて座った。
「微妙な気持ちってやつか⁇」
「へ?」
新田さんは突然私にそう言った。
「南波に聞いたよ。
日々人さんが心配なんだろ⁇」
ボソリとそう呟いた新田さん。
「...え⁈聞いたって....ぁああっ!」
私は驚いてつい大きな声を出してしまった。
「まぁまぁ、んな心配すること無いって、NASAなんだぞ⁇
その様子だとあれだろ、前にバスん中で話した後押ししてくれた奴っていうのは日々人さんなのか?」
新田さんは膝の上に置いた手を支えにして前のめりになった私の背中を軽く叩きながらそう言った。
「あぁ〜〜そうですよ。そうですけどなにか?
...つい不安になるんだよ。
部外者でどうしようもできないくせに......情けないよ。」
ため息まじりに本音を吐き出す。
きっとCES-43のあの事故映像を見る前なければ、もっと気軽に笑顔で見送れていたような気がする。
素直におめでとうって、楽しんでって言えた気がする。
......なのに今はどうしようもないほど不安なんだ。
「どうしようもできないんならどうもしなくていいだろ。
ただ、待ってればいいさ。
日々人さんはすげぇやつだよ。」
新田さんはそう言ってくれて、なんだか少しだけどその言葉にホッとする。
「ありがとう。
今の言葉はかなり心に響いたよ。」
私はそう言ってアポちゃんのところへと行った。
いまは時間に身を任せてみるのもいいことかもしれない。
試験も終わったことだし、いまは時間が経つのを待つしか無い。
朝になったら日々人にメールを送ろう。
"行ってらっしゃい"って。
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日々人が月へ向かうその日、私が目覚めた時にはすでに、どんよりとした雲がかかっていた。
私は朝の4時過ぎに目が覚めた後、それから眠ることができず、いつもより1時間半早い朝の6時の朝食まで夜の帰国に備えて荷物を片付けた。
だけど片付けもすぐに済ませてしまった私は、ホテルの外へ行き、正面玄関近くにあったベンチに座って日々人に送るメールを考る。
《おはよう日々人、ちゃんと眠れた?
私は朝早くに目が覚めてしまってそれから眠れず。
帰国する為に荷物を片付けていたのだけどそれも終わってしまい...なのにまだ朝食の時間まで1時間もあります。
日々人、行ってらっしゃい。楽しんできてね。》
結局、完成したのは短い文章。
"待ってる"とも"体に気をつけて"とも書きにくく、"行ってらっしゃい""楽しんで"としか書くことができなかった。
彼は今日、本当の本当に宇宙に行くんだ...。
なんだか信じられないや。
小さな声でボソリと呟いてから携帯を机に置き、未だ晴れない曇り空を見上げた。
どうか晴れますように。
《♪〜♪〜♪〜》
そう祈っていると、机に置いていた携帯がメールの着信音を鳴らした。
『おはよう美月、随分早起きだな。
俺も30分前に起こされて、今から最終メディカルチェックとやらを受けるとこ。
携帯を貴重品BOXに預ける前にメールくれて良かった。
一足先に月に行ってくるよ。
そうだ。前に聞いたろ?
月に行くってどんな気持ちかって。
今は120%楽しみって感じだよ。』
前に電話で、日々人に聞いたことがある。
"月に行くってどんな感じ?"って。
その時日々人は「そん時にならなきゃわからないけど、今は楽しみなのが80%、あとの20%は手続きや訓練が面倒くさいって感じだな。」って答えたんだ。
私は日本人初の月面到達なのに、プレッシャーを感じていないんだと驚いたけど、日々人は今でもプレッシャーは感じていないみたいだ。
そして、メールを保護設定してから再び空を見上げたが空はまだどんよりと曇っていた。
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「せりかちゃん美月ちゃん見てよ、グッズが売ってる〜‼」
朝食を食べ終えて打ち上げ会場に着き、嬉しそうにそう言ったのは絵名ちゃんだった。
小さなワゴンの売店にはCES-51クルーみんなが写ったがポスターやポストカード、プロマイドやキーホルダーが売ってあった。
私は日々人関係のものを全て購入する。
「美月ちゃん、いっぱい買うんだね。」
私の買いっぷりを見たせりかちゃんがそう言う。
「うん、まぁね。」