Polaris
□1章
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2025年の冬、職場から家に帰ると自宅に一通の封筒が届いていた。
送り主はJAXA。
恐る恐る封筒を開けると、合格の赤い文字を発見した。
今から約半年前____
私は職場である科学館で、とあるポスターを見かけた。
【JAXA、宇宙飛行士選抜試験】
そのポスターを初めて見た時、その場から一歩も動けなくなってしまった自分がいた。
まだ応募すらしていないというのに、胸がどうしようもない程に高揚したのだ。
5年前、旅行先で出会ったある人に言われた言葉がある。
「行きゃーいいじゃん、宇宙。
行ってみたいならなればいいじゃん、宇宙飛行士。」
あの時の私はまだ彼の事をよく知らなかったが、今じゃ彼の事をよく知っている。
彼の名前は南波日々人。
1996年9月17日生まれ。
身長182cmのサムライボーイで趣味は自転車に乗ることと音楽。
だけどそれは直接彼に聞いたわけではなく、彼の公式プロフィール。
名前とサムライボーイだということ以外はもしかすると嘘かもしれない。
「天乃さん、もしかしてこれ気になってるの⁇
コレ貼ったの僕なんだ〜...館長が貰ってきたらしくてね。
でもねぇ、宇宙飛行士になれるのなんてほんの一握...「そうかもしれませんが、私は宇宙に行ってみたいんです。
宇宙に行く理由なんてそれだけで十分ですよ。」
名前すら知らない事務員の言葉を遮って言い、元JAXA職員の館長が貰ってきたという1枚のフライヤーを持ってその場を離れる。
現実派の名前も知らない人の言葉よりも、私は夢を追い続けてその夢を叶えた彼の言葉を信じたい。
彼に後押しされた日から私は毎日宇宙を夢見ていたのだから。
科学館で働いているだけあって宇宙の事は一通り知っている。
お客さんがいない間に壁に書いてある説明書きも暗記したし、売店に並んでいる新しい雑誌や本もチェックしている。
そんな私はJAXAの書類選考や一次審査、二次審査を通過して、ついに三次審査へ突破できたのだ。
私は前にNASAの売店で買った彼のポスターに通過通知を向け、彼にどーんと見せてみる。
「......行くよ。私も宇宙に。」
そして独りぼっちの部屋でそう呟いた。
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三次審査はバスに乗せられての交流会から始まった。
私はここで初めて彼のお兄さん、南波六太と話す事になる。
ほかにも古谷さん、富井さん、清水さん、せりかちゃん、絵名ちゃん、新田さん、真壁さん...とにかくみんなと話すことになった。
彼との会話は私が科学館に勤めていることで弾む。
彼には天文学者の知り合いがいるというのだ。
「よく弟と星や月を見に行ってね、トランペットや英語も彼女に教えてもらったんだ。」
そう言った南波六太。
「じゃぁ、日々人さんも?」
南波六太から発せられる弟情報はどんな些細なことでも気になる。
「まぁね。
それであいつがいつか月に行く気がするとか言って、カッコつけて俺も行くなんて約束しちまったから、今ここに居るんだよ。
天乃さんは?」
私は南波六太に尋ねられて困ってしまった。
「私は......大学教授である父の影響で宇宙に興味があったんですけど。
でもそれはあんまり関係なくて...ただ宇宙に行ってみたいから、宇宙飛行士になるんです。」
彼にはまだ日々人に言われたとは言わないでおこう。
「またそれは...うちの弟みたいな事を言うね、君は。」
「そうですか?南波六太さん。」
「だから俺のこと、フルネームで呼ぶのやめない⁇」
「じゃ、日々人さんはなんて呼ぶんですか?」
「ん〜...お兄様かな。」
これでもかってぐらいに彼の鼻が長くなったのが分かったところで、私は次の言葉を発した。
「嘘だぁ〜‼
たぶん兄ちゃんとかあんちゃん...いや...六太だから〜...ムッタ...ム......ムッちゃん‼」
私がそう言った瞬間の彼の驚いた表情で、私は当たったと確信する。
「ムッちゃん、ですね?」
「なんか...君は俺の妹みたいだね。」
「じゃあお兄様、私のことは美月でいいですよ?」
「はい、それでは10分経ったので通路側の人は席を替わってください。」
お互いが笑いあったところでJAXAの職員さんの声がかかり、順番に席をローテーションする。
私は日々人との事は、わざとムッちゃんさんには話さないようにした。
もしかしたら日々人は私のことなんてもう覚えてないかもしれない。