BL小説集

□弐
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 王子は迷うことなく、ほぼ全壊した屋敷を歩く。横倒しになった棚を乗り越えたり、落ちた天井を潜ったりと、炎の熱さと煙も相まって進むのは容易ではない。

 火竜はルートヴィヒを見つけると巨躯をねじ込み、齧りつこうと口を開閉させる。届かぬとわかれば、喉を膨らませ大量の火を吐いた。
 夕星は刀を抜き、振り下ろす。刀身が折れると同時、炎も掻き消えた。ギドが次の刀を鞘から抜いて渡す。

「糞っ、王子を狙ってやがる!」

「えっなんで?」

「心当たりが多すぎてさっぱり」

 返ってきた軽口にギドは困惑し、思わず王子の方を二度見する。
 にこりとも笑わず冗談をかますものだから、ルートヴィヒという男の思考はますます解らない。

「あった、やはり無事だな」

 王子が目指していたのは、とある一室にある金庫だった。黒い鉄製のそれはいまだ傷一つなく、倒れもしていない。また、火が燃え移る様子もなかった。

「厳重にしすぎて開けるには時間を要する。それまで耐えろ」

「簡単に、言いやがって糞がっ!」

 そのうちに呼吸も難しくなるだろう。再びの猛火を跳ね除け、夕星は悪態をつく。

「おい馬鹿王子!いつまでかかる!」

「盗難防止に鍵を複雑にしたのは間違いだったな、すまない」

「こっち向いて謝れや!」

「……あっ」

「あってなんだあって!早くしろ馬鹿野郎おおお!」

(どうしようツッコミが追いつかない)

 ギドは乾いた笑いしか出ない。しかし事実、金庫は二重鍵で、それもひとつはやたら複雑なダイヤル式。錠前もかなり特殊で、これは手伝えるものではない。

「あれだと慣れても一分以上はかかるな。火傷は大丈夫か」

「うっせー!テメエは王子のケツ引っ叩いてろ!」

「夕星さんキレすぎてわけわかんない事なってんね?」

 落ちてきた敷材や梁の一部が二人に当たらないよう、受け止めたり退かしたりとギドも忙しない。

 業を煮やしたか、竜は首をもたげ上方から炎を吐き出した。ベリアルの方も学習したか、長く火を吐き続ける。
 夕星の力で防ぐことのできない膨大な量の火と判断し、ギドはとっさに二人を庇う。

 最低でも王子が生き残ればいい、そう考えてのことであったが、火炎は急に氷壁に押し止められた。氷はあっけなく破砕したが、壁や床にまだ分厚く残っている。
 
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