BL小説集

□弐
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 黄昏よりも朱き竜は、あらゆるものを破壊し尽くす。燃え盛る火はたちまちに広がり、紙を千切るように屋敷を破砕した。
 不燃性の高い木材で改築したとはいえ、一発で硝子を割るほどの高温の爆風ではあまり意味をなさない。

「糞があ!なんだってんだ糞馬鹿アホ間抜け王子ィ!」

「どんどん口が悪くなる」

 凄まじい爆発を間近に受けながらも、夕星はなんとか刀で祓うことで防いだ。とはいえ刀一本折ったあげく、本人の両腕は軽い火傷で真っ赤に腫れている。

 エマヌエルの“治療”は間に合ったようだ。ルートヴィヒは何事もなかったように立ち、周囲の被害を観察。口内に溜まった赤黒い血をハンカチに出し、出血量を見て思わず腹と腰を擦った。

「殿下!一体何事ですか!」

 ヘルガの迎撃準備をしていた外の兵たちは、すわ敵の攻撃かと集まる。
 爆音に卒倒していたポチテカの男らもやっと起きた。城壁のように巨大な竜を見上げ、ただただ呆気にとられる。

「魔王はどこだ!あの馬鹿正気じゃねえ!」

「我々が爆風でかなり飛ばされたな。まだ屋敷内にいるはずだ」

 バーンがギドになんとかしろと促すが、対抗しうる殲滅の神はもういない。
 対策を考える間にも、竜は耳を塞ぎたくなるような叫喚を上げ、鱗の隙間からおびただしい量の血を吹き出す。沸騰するほど熱い血液は地に広がり、発火した。狩猟地周囲一帯の森林が焼き尽くされるのは、時間の問題だろう。

「なになになにー!なにがあったの!」

「森の魔女か」

 ギドの様子を見ようと、彼らのもとに向かっていたキサラは、慌てて天狗に乗って現れた。宗主が魔王を怒らせたと説明すると、理解しかねる表情を見せる。

「宗主って……そこの炭化した死体のこと?
うーん、まあいいや。それより――」

 暴走するベリアルと、火が燃え広がる様を見て、わーわー言いながら自分の服をばたばたとはためかせる。どう隠し持っていたのか、様々な種類の木の枝が大量に服の裾から出てきた。

「王子様、あなたの兵士を貸して!僕は火がこれ以上広がらないように止めるから、えっと魔王はどうしよ」

「――了解した。魔王は私が止める、その算段はある。そのためにまずは屋敷に戻らねばなるまいが、剛崎」

 先程の防御は何度できるかを聞くと、刀を使い捨てれば可能だと言う。
 兵士に尋ねると、八本ほどの刀を持ってきてくれた。

「叛逆の魔女の本領を見せてやるぜ、あと魔王はぶん殴る」

「いやいや、もう魔女じゃないし、エマヌエルはぶたないであげて。刀は俺が持つよ」

 あまり意味はないだろうが、ギドは水を含ませた薄い布を、夕星の腫れた両腕に巻く。
 キサラが簡単に刀を清めた。どこまで通用するかはわからないが、それ以外の方法もない。

「じゃあ、この枝を等間隔に地面に刺していって。火の手がまだ及んでいないとこね」

 キサラは王子の私兵やバーン達に木の枝を押し付けていく。狩猟地の周囲となると人手が必要だ。

 ルートヴィヒは黒馬の尻を叩いて退避させ、夕星らの方を見た。

「撤退しろという命令はしない。しかし私は貴官らを死なせることもしない」

「ああ舐めんな糞餓鬼が!俺より強くなってから言ってみろ馬鹿!」

「だからもうちょっと言葉をさあ……」

 刀を抱え、死地に赴こうとするギドを、意外にもバーンが呼び止めた。

「おい、死ぬなよ」

「お前は俺を誰だと思ってるんだ?」

 父も伯父も戦士だ。ギドは彼らが育て、望まれてきた最高の戦士。戦いの中で死ねば栄誉を得るのだ。その相手が炎竜であらば尚の事。

「まあ、夕星さんの隣は全く死ぬ気がしねえけどな」

「誰がベリアルごときに負けるか」


 
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