BL小説集

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ユダに流れ入り、あふれみなぎって、首にまで及ぶ。インマヌエルよ、その広げた翼はあまねく、あなたの国に満ちわたる」。
――イザヤ書8章8節



 目の前に顕れた炎神に辟易しつつ、ルートヴィヒ王子は仕事を続けた。

「今度は何用だ」

『魔王は執着心が強く、王子がとても気になるようだ。喜べ』

「わーいやったー」

 棒読みで返答しつつ、署名を続ける。無駄に長い本名に嫌気が差すが、筆は止めない。
 エマヌエルを別荘に囲ってから二ヶ月。口だけの婚約をしてから八日。特に何も変化は無い。ただ、ベリアルは攻撃をしてこなくなった。

『ベリアルー!我が恋しい竜よっ』

 火竜は飛びかかってきたアザゼルを避け、白い脚を掴み、ぶん回して壁に叩きつける。
 自室の書斎だから良いが、それでも喧しい。

『うっうう……ひどい……』

 さめざめと泣き真似をするアザゼルを見て、ベリアルは首をかしげた。

『……お前、そんな性質であったか?』

『はあ?わたくしは、わたくしだ。なにも変わりない』

 いくらなんでも、感情的に過ぎる。アザゼルは依存を司る神であるから、確かに他と比べても依存しやすく根も深い。
 しかし“依存”以外は起こりようが無い。神とはそういうものだ。

『このベリアルの記憶と相違ある。人間に関わりすぎたのか』

『関わるも何も、わたくしは魔女を生んだのだぞ。わたくしの可愛い……可愛い……あれ』

 アザゼルは神妙な顔をしたまま、考え込んだ。まるで何かを思い出そうとする、人間の仕草。
 ますますおかしいと、ベリアルは疑った。神の記憶――記録とした方が正しい――は、無感情に蓄積されるものだ。そこに間違いや穴など無い。

 魔女は大部分の記憶を神に預け、必要な時に引き出す。そうすることで過度な記憶による混乱を避けている。
 引き出した記憶は、魔女曰く日記を読んでいるような気分らしい。

 アザゼルはそんな大事な役割を持ちながら、記録に穴があると示した。これは角が折れていようが関係ない。
 
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