BL小説集

□おまけ
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 エマヌエルは悩んでいた。そう主に生活についての全てだった。
 彼は家事などしたことがないのだ。掃除洗濯はなんとなくでも、やりようはあった。
 ただ、料理だけはそうもいかなかった。

 実はエマヌエルは、無理に食わずとも死ぬことはなかった。撃たれたあの時に死んでおり、復活したベリアルがぎりぎりで引き戻していた。
 病んだ肺や声帯は焼き切って新しくしたと炎神は語る。だから食わぬぐらいでどうこうなってしまう身体ではない。

 というと、人間離れしすぎてまずい。ルートヴィヒに余計な心配はかけまいと、エマヌエルは何かしら腹に入れることを決めた。

「とはいえ、ええと、パンってどうやって作るんでしょう」

 材料や作り方、それがどのような原理でできるかは解る。では作れるかというと、それは感覚や経験の問題だ。
 火の扱いや包丁を持ったことのないエマヌエルでは、とても難しいことだった。

「我ながら、物を知らぬにも程があります……」

 調理場は多くの人が働いていたであろう。かまどが二つもある。
 石を加工し造られたかまど。まずは薪を作って火を起こさねばならない。

「これは、無理かも……そうだ、ベリアル様」

 力仕事はもっと不可能だ。エマヌエルは反則手ではあるが、薪無しで火を灯した。

 鉄製の茶壺に水を注ぎ沸かす。とりあえず茶を淹れてみることにしたのだ。
 食糧や生活必需品などは、ルートヴィヒにより屋敷内に置かれている。

 香草の茶は、王子がわざわざ取り寄せた、ベリオールが主食にしていたものと近い品物だ。

 うっかりベリアルが茶壺を溶かさぬよう、火の様子を見る。
 沸かした湯を、陶器の茶壺に注いで蒸らす。全て本で読んだ通りに行い、最後に杯に砂糖をひとつまみ入れた。

 一口飲んで、エマヌエルは眉間に皺を寄せた。渋いというか、味が濃すぎるというか。口内に渋味が残り、お世辞にも美味いとは言えない。香りからして、安物の香草ではないというに――。

(失敗したかな……色も濃いような。薄めてみよう)

 湯を足し、味見を繰り返す。六回も淹れ直してようやく、エマヌエルの知る茶の味になった。
 ただそれは、ほぼ白湯というべきものだった。エマヌエルはこめかみに指を当てて考える。

「もしかして私……叔母様のお茶の出涸らしを飲んでた?」

 しかし茶を持ってきてくれていたのはアイゼヤだ。文句などなく、むしろ感謝しかない。自分の食べ物や飲み物を、忌み子に分けてくれていたのだから。

「まあ、節約できていいですよね」

 その様子を見ていた猩々紅冠鳥は、言うべきか悩んだ。味のないものだけを口にしていたエマヌエルは、味覚の成長が全くなされていない。つまり味覚障害なのだが、これは急に治るものではない。

「お茶が淹れられてよかった。これでお客様が来ても、きっと大丈夫です」

 何一つ大丈夫ではないが、ベリアルは何も言わない。虚無主義であるが故に、聞かねば何も答えない神なのだから。
 
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