BL小説2
□_Dies=irae
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まだ年若い青年は、短剣を片手に逃げていた。
砂漠に隠れても残党狩りにあい、脚を必死に動かして逃げ続けていた。
森林地帯にまで入り、死角のある場所に安堵する。
若者は罪を犯したが、大した咎めもなく逃がされた。
その意がようやく理解できた。敵国の軍服を着ては、嫌でも追われる。
とはいえ服をこしらえる金もなく、追い剥ぎをしたとて、その日を凌ぐに精一杯だった。
たしかにこれは、斬首よりも過酷だと自嘲した。
折られた片腕は、治療をしていないため、もう元の通りに動かない。
右眼は切られ、とっくに見えなくなっていた。青年は満身創痍だった。
罪人ゆえに、帰れる場所もなく、安楽の地もない。
何をしているのかと、途方にくれては座り込む。
残党狩りの兵どもに追いつかれる。
逃げる気力は失われていた。
兵どもは何か喚いている。彼には聞く気がない。
もう疲れた、と青年は思った。
逃げて逃げて、その間に多くの人間を傷つけてきた。
優しくしてくれた人もいたが、彼は半端な同情を何よりも嫌った。
槍を向けられる。こんな辺鄙な地が死に場所かと嘆く。
持っていた短剣を投擲。兵の持っている灯火に当て、草地に落ちる。
油が染み、たちまち燃え広がる。
兵が服に燃え移らぬようにと、慌ててマントを叩くが、青年は持っていた酒を振りまいた。
狂人め、と罵られる。
果たして、狂っているのはどちらか。
青年は燃え盛る火に、一歩踏み出す。
くだらない連中に殺されるぐらいならば、自ら死んだほうがよほど良い。
世界を憎み、独りきりで、誰にも知られず舞台から去った男がいた。
怒りの日は、いよいよ近づいている。